連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2022年8月号 ドラマ「ドラゴン桜」【後編】そんなんで結婚相手も決めちゃうの? 教育政策としてどうする?【学歴への選り好み】

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・学歴社会
・シグナリング
・ランナウェイ
・遺伝子進化
・文化進化
・共進化
・大学助成金
・大学無償化
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前編で、学歴によって収入の割り増し(シープスキン効果)が起きることをご説明しました。中編では、だからと言ってその学歴差(教育格差)を縮めようとしても収入格差は縮まらない理由をご説明しました。そして、収入格差は「遺伝格差」が原因となっていることもご説明しました。さらに、どうやらこの学歴は、就職だけでなく、結婚においても、重んじられるようになってきているようです。

今回は、引き続きドラマ「ドラゴン桜」を通して、このような学歴社会になってしまうそもそものメカニズム、そしてその行き着く先を、文化進化の視点で解き明かします。そこから、「遺伝格差」も踏まえて、これからの教育政策は教育政策をしないことであるという仰天の逆説を導き、学歴社会への今後の真の対策を考えてみましょう。

なんで学歴社会になるの?

桜木先生は、全校生徒の前で「東大に行け!」と力説しておきながら、「東大みたいなブランド、ありがたがっている連中・・・(略)みんなゲス野郎だ」と言い切りました。すると、矢島から「じゃあ、なんで東大行けって言ってるんだよ?」と突っ込まれるのです。桜木先生は、おもむろに答えます。「それはな、今のおまえには分からんだろ」「おまえらガキは、社会について何も知らないからな。いや、知らないと言うより、大人たちがわざと教えないんだ。その代わり、未知の無限の可能性だなんて、何の根拠もない無責任な妄想をおまえたちに植えつける。そんなもんに踊らされて、個性生かして他人と違う人生を送れると思ったら、大間違いだ。社会はそういうシステムになっちゃいない。それを知らずに放り出されたおまえたちに待っているのは不満と後悔の渦巻く現実だけだ!」と。

桜木先生が説く「社会」とは、何でしょうか? それは、学歴社会です。学歴社会とは、社会において相手へ評価(選り好み)に学歴が重んじられることです。ここから、このような学歴社会になってしまうメカニズムを、進化心理学の視点をまじえて、大きく2つあげてみましょう。

①シグナリング

1つ目はシグナリングです。シグナリングとは、相手に自分のある情報を知らせるためにシグナル(信号)を出すことです。例えば、鹿の角や猪の牙などの「武器」の大きさは、求愛をめぐるオス同士の序列(マウンティング)のシグナルになっています。彼らは草食動物であるため、その「武器」が狩りに使われることは実はありません。また、クジャクの飾り羽やカナリアのさえずりなどの「装飾」の美しさはメスへの求愛の誇示(セックスアピール)のシグナルになっています。

人間についていえば、男性の論理性などの「男らしさ」はもともと狩りをするうえでの生存能力の高さのシグナルになっています。また、女性の共感性などの「女らしさ」はもともと子育てをするうえでの生殖能力の高さのシグナルになっています。なお、「男らしさ」「女らしさ」という言い回しは、あくまで原始の時代に求められた特性を便宜的に言い表したものです。多様化する現代社会において推奨されるものではありません。

同じように、学歴は、前編でご説明した通り、知能の高さと性格の望ましさを証明している点で、現代の社会で就職先(さらには結婚相手)に対して自分がうまくやっていく能力(適応度)の高さを示すシグナルになっていることが分かります。

②ランナウェイ

2つ目はランナウェイです(*5)。ランナウェイとは、もともとオスのある特徴(シグナル)がその集団のメスから広く好まれるようになると、その特徴が生存で適応度を高めるかどうかとは関係なく、好まれ続ける(暴走する)ようになることです。例えば、先ほどのクジャクの飾り羽やカナリアのさえずりは、オスに特有で、メスを惹き付けるためだけの特徴です。最初、その特徴は比較的に目立たなかったと考えられますが、求愛の「競争」によって、とても目立つように進化したのでした。なお、これらの特徴は、メスを惹き付ける点で生殖の適応度を高めてはいますが、天敵までも寄せ付けるくらい極端に目立つようになってしまったり、その「装飾」のために動きが鈍くなることで天敵から狙われやすくなってしまったら、生存の適応度を下げてしまうという代償があります。

人間について言えば、男性の論理性は極端になると、理屈っぽさやこだわり(自閉スペクトラム症)という代償があります。実際に、この発症率は男性が女性の数倍高いです。一方、女性の共感性は極端になると、情緒不安定(境界性パーソナリティ障害)という代償があります。実際に、この発症率は女性が男性の数倍高いです。

同じように、学歴は、当初はそのまま教育効果を表し、職業的に役立ち、生存の適応度を高めていました。しかし、社会でより好まれるようになってしまったことで、まさに学歴への選り好みが独り「走り」(独り歩き)して広まってしまい、ランナウェイの現象が起きてしまっていることが分かります。もはや、学歴は、クジャクの飾り羽と同じ「装飾」になってしまい、教育効果そのもので生存の適応度を高めることはなくなってしまったのでした。