連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2022年10月号 映画「心のカルテ」【後編】なんでやせすぎてるって分からないの?【エピジェネティックス】

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・神経性やせ症の制限型
・「細胞の記憶」(エピジェネティックな変化)
・代謝メモリー
・適応的生殖抑制
・愛着メモリー
・雌豚やせ症
・社会性メモリー
・「やせアイデンティティ」
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前編では、映画「心のカルテ」を通して、摂食障害のそれぞれの特徴と原因をまとめました。それにしても、主人公のエレンのように単純にあまり食べないことでやせすぎる神経性やせ症の制限型は、唯一謎めいています。やせすぎていてもそう思わず(ボディイメージの障害)、太ることを怖がります(肥満恐怖)。このようにやせていることに病識がほとんどないのは、なぜなんでしょうか? また、このタイプは男女比が1:9であり、ここまで男女差がある精神障害は他にないです。なぜ女性が圧倒的に多いのでしょうか? 好発期が思春期であり、自意識の高まりからのダイエットがきっかけになっているのは分かるのですが、なぜ児童期以前でもなく、成人期以降でもないのでしょうか? そして、無月経が慢性化して子どもをつくりにくい(やせの遺伝子を残しにくい)のに、なぜ遺伝率が高い(やせの遺伝子が残っている)のでしょうか?

今回、引き続きこのドラマを通して、これらのやせの謎をエピジェネティックスの視点から迫ります。そして、その正体を踏まえたうえでの真の治療をとらえ直してみましょう。

エピジェネティックスとは?

エピジェネティックスとは、ジェネティックス(遺伝学)からさらに発展した学問です。「エピ」とは「~上の」「表面の」という接頭語ですが、そのままカタカナで表記され、日本語に訳されていません。ちなみに、中国語では「表現遺伝学」と訳されているようです。

エピジェネティックスのポイントは、遺伝子自体は変わらなくても、遺伝子が実際に発現する度合い(表現度)、つまり遺伝子のスイッチが押されるかどうかは、より初期の発達時期(胎児期から小児期)の環境の影響を受けているということです。まさに、行動遺伝学における「家庭環境の影響」と「家庭外環境の影響」を合わせたものに当たります。だからこそ、どんな行動も遺伝率は決して100%にはならないのです。原理として簡単に言うと、環境からのある刺激によって、細胞内の遺伝子の表面に「付箋」(DNAメチル化やヒストンアセチル化など)が付けられ、「細胞の記憶」(エピジェネティックな変化)となります。その刺激を受け続けるとそんな細胞がどんどん増え、さらにそんな細胞が分裂してどんどん増えていくと、その後に同じ刺激を受けた時、より反応しやすくなります。つまり、この「付箋」による「細胞の記憶」がどれだけあるかによって後々の遺伝子の表現型が変わってくるというわけです。そして、それは、行動だけでなく健康状態にも関わってくることが分かっています(DOHaD学説)。さらには、食べ吐きを含む依存形成(嗜癖)にも関わっていることが考えられます。