連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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・意味記憶
・入れ子構造(ワーキングメモリー)
・前後関係
・エピソード記憶
・因果関係
・階層関係
・論理性
・概念化
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みなさんは、人類が言葉を単語ではなく複雑な文章にして話すように進化したのは噂をするためだったと聞いたら、どう思いますか? にわかには信じられないですよね。
前回(中編)は、噂好きの心理の起源に迫りました。その起源とは、人類が原始の時代に集団の適応度を高めるために、フリーライダー(反社会性パーソナリティ)をあぶり出すことでした。今回は、この起源と実は関係している文法(統語機能)の起源に迫ってみましょう。
>>前回【中編】そもそもなんで私たちは噂好きなの?じゃあこれから情報にどうする?【メディアリテラシー】
実際に、人類が言葉を単語ではなく複雑な文章にして話すように進化したのは噂をするためであったという仮説があります(*5)。どういうことでしょうか? ここから、文法(統語機能)の起源を3つの段階に分けて迫ってみましょう。
なお、この文法が分かること(統語)に、発音ができること(発語)と言葉の意味が分かること(象徴)を合わせた3つの機能によって、私たちは言葉を流暢に話すことができます。発語と象徴の詳細については、以下の記事をご覧ください。
①単文をつくる
約700万年前に、チンパンジーと共通の祖先から人類は分岐したわけですが、当時から、鳴き声やしぐさによるサイン言語を使うことによって、簡単な文法でコミュニケーションをしていたことが考えられます。なぜなら、チンパンジーも鳴き声やしぐさによるサイン言語を使い、特に鳴き声については2つまたは3つを組合せて発することで、例えば服従的な挨拶をするなどのコミュニケーションをすることが分かっているからです(*6)。
1つ目の段階は、単文をつくることです。単文とは、「主語+述語」のように、述語が1つだけの文です。そのためには、サイン言語による簡単な単語の意味を覚えている必要があります。これは、意味記憶の起源です。
発達心理学的には、2歳から「パン ちょうだい」「わんわん いた」などの二語文を話します。3歳から「ママ ごはん つくる」「パパ おもちゃ とって」などの三語文になります。これらは、全て単文です。
複文をつくる
約300万年前に人類は部族をつくったわけですが、フリーライダーのあぶり出しのために、当時から徐々に「 『タロウがバナナを盗んだ』とパパが言ってた」「『ジロウがハナコを寝取った』とヨシコが言ってた」「『湖にライオンが来てる』とママが言ってた」などの噂をサイン言語によって伝えていたことが考えられます。主語の名前程度なら、発声の言い分けや聞き分けができていた可能性も考えられます。
2つ目の段階は、複文をつくることです。複文とは、文のなかに文が入り込んでいる重複した文です。日本語で「~と言う」「~と聞いた」という伝聞表現であり、いわゆる英語の「that節」にあたります。専門的には、入れ子構造(階層構造、回帰的構造)などとも呼ばれます(*7)(*8)。これは、聴覚性のワーキングメモリーの起源です。なお、この詳細については、以下の記事の後半をご覧ください。
発達心理学的には、相手の視点に立てるようになる3、4歳から「きょうあめって ママいってた」「パパがつくったごはん おいしくない」などの複文を話します。なお、相手の視点に立つことができないチンパンジーは複文をつくることができません(*9)。つまり、チンパンジーの知能は、人間の4歳を超えられないということです。
なお、厳密には、相手の視点に立つ心理(心の理論)が始まる時期は、男児が4歳であるのに対して、女児は3歳で1歳早いです。このわけは、原始の時代の当時、男性たちがいっしょに狩りに出かけて動き回っている間に、女性たちは一か所にとどまっていっしょに子育てをしていたからでしょう。この共同育児をスムーズにするためには、類人猿の毛づくろい(グルーミング)のような心地良さ(社会的報酬)が必要です(*5)。体毛を失っていった人類(特に女性)が代わりにするようになったことが、挨拶やかけ声でお互いにリズムを取ったり、いっしょに子守唄を歌ったりすることだったでしょう。さらに、「誰と誰がけんかした」「誰と誰が浮気した」などの噂話だったでしょう。そのために、男性よりも女性の方が心の理論がより早く発達するようになったと考えられます。だからこそ、現代でも、男性よりも女性の方が他愛のないおしゃべりを好み、噂好きであるというわけです。
③文脈をつくる
約20万年前に現生人類は、言葉の発音(発語)が明瞭にできるようになり、ようやく発音のバリエーションによって、あらゆることに名前をつけて世界を細かく分けることができるようになりました。さらに、この名付けとすでに進化していた入れ子構造(ワーキングメモリー)によって、いくつかのものごとの前後関係を細かくつなげて説明できるようになりました。
3つ目の段階は、文脈をつくることです。文脈とは、接続詞による文と文の流れ(脈)であり、「誰が・いつ・どこで・誰と・何を・どのように」のように出来事(エピソード)がまとまっていることです。これは、エピソード記憶の起源です。
発達心理学的には、4歳以降に「きょう〇〇したの。それでね○○もしたの、でもね○○だったの」などのように徐々に自分のお話(エピソードトーク)をするようになっていきます。このように、だんだん時系列でものごとを順番に考えることです。これは、時間感覚の起源です。現代に生きる私たちは、これを当たり前のようにしています。しかし、約20万年前よりも以前は、その瞬間を反射的に生きているだけで、ほとんど時間感覚はなかったでしょう。
実際に、幼児が同じ話の本の読み聞かせを何度もねだるのは、親として辟易するわけですが、そのわけは、幼児は大人のようにエピソード記憶の機能が完全ではないため、話の前後のつながりを覚えきれないからです。つまり、何度もねだるのは、エピソード記憶の機能を鍛えていると言えます。
さらに、名付け+入れ子構造(ワーキングメモリー)によって、2つのものごとの因果関係や階層関係も説明できるようになりました。例えば、「きょう〇〇したの、だってね○○だったから」と理由を認識することです。これは、論理性の起源です。また、「おててとあんよをあわせてからだ」「○○ちゃん(自分)とママとパパといっしょでかぞく」のように、分類し体系化することです。こうして、世界の仕組みをより理解できるようになりました。これは、概念化の起源です。
なお、幼児が「なんで○○なの?」と質問攻めをする「なぜなぜ期」にも辟易しますが、これも因果関係や階層関係を知ることで概念化の機能(統語機能)を鍛えていると考えれば納得がいきます。ちなみに、1、2歳頃から「これなあに?」と質問攻めをする「なになに期」があるのは、冒頭で触れた言葉の3要素の1つである象徴機能を鍛えていると言えます。
以上より、単文をつくる(意味記憶)、複文をつくる(ワーキングメモリー)、そして文脈をつくる(エピソード記憶)という心(脳)の進化の歴史を踏まえると、人類は噂をするために文法(統語機能)を進化させたという仮説に納得できるのではないでしょうか。
*5 ことばの起源 猿の毛づくろい、人のゴシップP8、P113:ロビン・ダンバー、青土社、2016
*6 チンパンジーが390もの構文を使って会話をしていることが鳴き声5000回の録音から示唆される:GIGAZINE、2022
*7 ヒトの心はどう進化したのかP220:鈴木光太郎、ちくま新書、2013
*8 ひとのことばの起源と進化P52:池内正幸、開拓社、2010
*9 こころと言葉P48:長谷川寿一、東京大学出版会、2008