連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2023年9月号 海外番組「セサミストリート」子どもをバイリンガルにさせようとして落ちる「落とし穴」とは?-言語障害

なんでダブルリミテッドバイリンガルになるの?

それでは、なぜダブルリミテッドバイリンガルになるのでしょうか? 現時点で、ダブルリミテッドバイリンガルに関する個別のケースは国際結婚で生まれた子どもでよく見かけますが、大規模な調査研究は見当たりません。ただ、語学力を含む言語能力の本質をとらえると、やはりその原因は、もともとその子の言語能力が高くない場合です。この言語能力を、知能検査(WPPSI-IIIやWISC-V)における言語理解IQ(VCI)から、2つの場合に分けて考えてみましょう。

①言語能力がとても低い場合

1つ目は、言語能力がとても低い場合です。この目安は、言語理解IQが85以下です。このような子どもは、統計上約15%います。彼らのほとんどが日本語だけの学習でも問題を抱えています。この状況で、英語の学習を掛け持ちすると、ほぼ確実にダブルリミテッドバイリンガルになるのは容易に想像できるでしょう。

先ほどの胃の栄養吸収に例えるなら、消化酵素の量が少ない(もともとの言語能力が低い)ため、メインディッシュが1つ(日本語だけ)でも消化不良を起こしているのに、メインディッシュが2つ(日本語と英語の両方)になることで、2つともますます吸収できなくなってしまうというわけです。

なお、もともと全般的な知的能力は保たれている(トータルIQ(FSIQ)は低くない)のに、母語の語彙が少なく文法がおかしい(言語理解IQとワーキングメモリーIQがともに低い)場合は、言語障害(言語症)と診断されます。また、もともと母語の滑舌が悪い(発音がうまくできない)場合は、語音障害(語音症)と診断されます。そして、これらには言語療法のトレーニングが行われます。このように、言語能力には個人差があることも受け止める必要があります。

②言語能力が高くはない場合

2つ目は、言語能力が高くはない場合です。この目安は、言語理解IQが85~100です。このような子どもは、統計上約35%います。彼らは、一見、日本語の学習に問題はなさそうです。しかし、言語能力としては平均以下ですので、余力があるとは言えません。この状況で、英語の学習を掛け持ちすると、単純に発音・語彙・文法が2倍になるわけですから、生活言語能力を習得する時期が遅れます。その分、学習言語能力が始まる時期が遅れ、十分な学習言語が習得できなくなるおそれがあることも想像できるでしょう。さらにこの状況は、ダブルリミテッドバイリンガルだけでなく、学習障害も引き起こすリスクがあります。これは、発音の敏感期が遅れて終わる子どもはその分その後の語彙の学習が遅れるという、先ほどご紹介した現象に通じます。

ちなみに、この言葉の学習の量(生活言語能力)と質(学習言語能力)のトレードオフの関係は、絶対音感を身に付けると相対音感が損なわれるという音感のトレードオフにも通じます。この詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>音感のトレードオフ

先ほどの胃の栄養吸収に例えるなら、消化酵素の量が多くない(もともとの言語能力が高くない)ため、メインディッシュが1つ(日本語だけ)でようやく消化しているのに、メインディッシュが2つ(日本語と英語の両方)になることで、2つとも吸収できなくなってしまうというわけです。私たちは、「子どもは語学の天才である」などと根拠のない語学ビジネスの宣伝に振り回されず、この事実をもっと深刻に受け止める必要があります。

もちろん、子どものためによかれと思ってという親心や憧れはよく分かります。また、国際結婚で生まれた子どもの言語環境がどうしても多言語になってしまう状況は致し方ないです。しかし、子どものもともとの言語能力を見極められない幼少期から、モノリンガルの日本人の両親が日本国内で英語教育をあえて本格的にやろうとするのは、時間とお金と労力がかかるばかりでなく、子どもをダブルリミテッドバイリンガルという言語障害にさせてしまう危うさもあるというわけです。これが、 子どもをバイリンガルにさせようとして落ちる「落とし穴」なのです。

●参考文献
*1 英語学習は早いほど良いのかP71、P34、P140:バトラー後藤裕子、岩波新書、2015