【2ページ目】2025年5月号 記念日「多様な性にYESの日」【その3】逆になんで女性スポーツではNOなの?どうすればいいの?-競技の公平性

じゃあなんで現代でも女性スポーツでは受け入れられないの?

性の多様性が現代社会の学問、政治、ビジネスにおいて広く受け入れられるようになってきた一方で、スポーツの世界ではあまり受け入れられていません。例えば、2021年の東京オリンピックの女性重量挙げに出場した、元男性のトランスジェンダー女性が、IOCが定めた男性ホルモンの基準値を満たしていたにもかかわらず、非難を浴びました。また、2024年のパリオリンピックの女性ボクシングで金メダルを取った2人の選手は、生まれた時から性別は女性とされパスポートも性別は女性と明記されていましたが、性分化疾患(5α還元酵素欠損症)であることが判明して、遺伝的には男性であったことから議論を呼びました。なぜなのでしょうか? 大きく2つの理由を挙げて見ましょう。

①競技の公平性

例えば、性分化疾患の女性(遺伝的には男性)は、男性ホルモンが高ければ圧倒的に有利になってしまいます。また、トランスジェンダー女性(元男性)は、性別適合手術のあとで男性ホルモンがつくられなくなっても、以前の男性ホルモンの影響が骨格の大きさには残っていて有利になってしまう可能性があります。

1つ目の理由は、男性と女性ではそれぞれの男性ホルモンの働きの違いから明らかな身体能力の差があり、身体的(遺伝的)に男性であるのに、女性競技に参加するのは不公平だと思われているから、つまり競技の公平性です。

②性別二元制の価値観

その1でもご説明したように、体(身体的性)においても心(性自認)においても、人は、性スペクトラムとして連続しています。すると、どうしても男女の区別をオーバーラップする、つまり乗り越える人が現れます。しかし、現代まで続く近代オリンピックは、人間は男性と女性しかいないという19世紀当時の価値観を受け継ぎ、男女別々に行うという方式を踏襲してきました。そして、これを維持するために、かつてはトランスジェンダーや性分化疾患の選手を失格にして排除してきました。

2つ目の理由は、トランスジェンダーや性分化疾患の選手たちの存在は、人間は男性と女性しかいないという固定観念を揺さぶり都合が悪いから、つまり、性別二元制の価値観です。

じゃあどうすればいいの?

トランスジェンダーや性分化疾患が女性スポーツで受け入れられない理由は、競技の公平性と性別二元制の価値観であることが分かりました。そして、そのような選手が非難にさらされるジレンマがあることも分かりました。それでは、どうすればいいでしょうか?

その答えは、競技をもはや男女で分けるのではなく、男女の身体能力の違いを決定づける男性ホルモン(テストステロン)の数値で分けるのです。テストステロンの数値で分けると、クリアカットで曖昧な余地はありません。これは、競技によって体重で分けるのと同じです。「アンダー○○」や「マスターズ」など、年齢で分けるのとも同じです。そして、パラリンピックで障害の重症度で分けるのとも同じです。

また、テストステロンの検査方法は、唾液検査と毛髪検査で代用できて、ドーピングの尿検査と同じくらい簡単に行えます。そして、唾液や毛髪の検査でテストステロンが基準値を超えていると疑われる場合はさらに血液検査を行います。このようにすると、もはや女性であるかどうかを確かめるための性器の目視検査(性分化疾患が疑われる場合はその計測や形状の評価)や性染色体検査は不要になります。そもそも、選手の性器がどうか、染色体がどうかという評価はとてもプライベートなことであり、このような検査を強制すること自体が時代遅れであり、とんでもない人権侵害です。

どの数値で分けるの?

テストステロンの血中の値は、男性10~30nmol/L(中央値15nmol/L)、女性0.4~2.0nmol/L(中央値0.7nmol/L)で、男性は女性の約10倍以上あり、その間に開きがあります(*3)(*4)。

★グラフ4 男性と女性のテストステロン

このグラフから、テストステロンの数値で分けるその線引き(カットオフ値)は、男性の下限、女性の上限、男女の中央値の差分から、7nmol/Lあたりが公正で妥当なのではないでしょうか?

例えばこの数値を以下のように新しいカテゴリーとして、そのまま表示するのです。

・男性の種目→テストステロン制限なしの種目
・女性の種目→テストステロン制限あり(7nmol/L以下)の種目

ちなみに、現在、トランスジェンダー女性や性分化疾患の選手が女性の種目に参加するためのテストステロンの基準値は、オリンピック(IOCの規定)で10nmol/L以下、陸上競技(世界陸連の規定)と水泳競技(世界水泳連盟の規定)で2.5nmol/Lです。男女で分けるのではなく、テストステロンの数値だけで分けるとすると、IOCの基準(10nmol/L)では、その数値以下に入り込める男性が出てしまい、その選手は「制限あり」のカテゴリーでも出場できることになり、不公平です。一方で、世界陸連や世界水泳連盟の基準(2.5nmol/L)では、その数値に引っかかる女性が出てしまい、その選手は「制限なし」のカテゴリーでしか出場できなくなり、同じく不公平です。

もちろん、今回ご提案する「7nmol/L」という数値の妥当性は、今後に議論されるでしょう。ただ少なくとも、3nmol/Lから9nmol/Lの間に収まるでしょう。また、テストステロンのみを指標とする妥当性についても、議論の余地があるでしょう。ただ現時点で、男女で分けるよりは公平であるということだけは言えます。今後に、テストステロンよりもさらに公平な指標のエビデンスが出てくるのなら、その時に具体的に提案されて比較検討されるべきでしょう。