【3ページ目】2025年9月号 アメリカドラマ「24」シーズン1エピソード16【その1】なんでショックで記憶喪失になるの? なんで恐怖で腰が抜けるの?-「解離=ローカルスリープ」説

なんでショックで記憶喪失や腰抜けになるの?-「解離=ローカルスリープ」説

テリーが記憶喪失になったのは、明らかに「目の前で自分の娘が炎に包まれて死んだ」という重度ストレスです。それでは、実際にどのようにして記憶喪失になるのでしょうか? また、どのようにして腰抜けになるのでしょうか?

先ほどのポリヴェーガル理論から、意識からすべての精神機能と身体機能が不活性化する病態(離人感・現実感消失症)のメカニズムは説明できました。しかし、意識から特定の精神機能または身体機能だけが分離して不活性化する病態のメカニズムは説明できません。これを説明できる理論がさらに必要です。

そこでご紹介したいのが、ローカルスリープという概念です。これを簡単に言うと、睡眠は脳全体で一様ではなく局所で多様に行われうるということです。実際の研究では、起きている時にストレスのかかった脳の領域ほど深い睡眠になることが分かっています(*4)。

今回の記事で、このローカルスリープの概念を使って、以下の仮説を提唱します。それは、このローカルスリープによって、重度ストレス後に特定の脳領域のニューラルネットワークが文字通り眠ってしまい完全に不活性化してしまう(機能不全になってしまう)ということです。名付けるなら、「解離=ローカルスリープ」説です。この不活性化という点で、先ほどのポリヴェーガル理論の局所モデルがローカルスリープであると言い換えることができます。

例えば、それぞれの体の部位を司る特定の脳領域のニューラルネットワークがローカルスリープを起こせば、腰を抜かす(脱力発作)、声が出なくなる(失声)、聞こえなくなる(突発性難聴)、喉にボールがあるように感じる(ストレス球)などの様々な病態(解離性神経学的症状症または変換症)になるでしょう。これが、腰抜けになるメカニズムです。

同じように、記憶を司る特定の脳領域のニューラルネットワークがローカルスリープを起こせば、特定のエピソード(トラウマ体験)だけを思い出せない(選択的健忘)、または自分の名前や今まで自分がどう生きてきたかというすべてのエピソードを思い出せない(全般性健忘)という病態になるでしょう。そしてその後に、何かのきっかけで、または何のきっかけもなく、ようやくそのニューラルネットワークがローカルスリープから脱して(再活性化して)、トラウマ体験を含めて思い出すことができると説明することができます。これが、記憶喪失になるメカニズムです。

ちなみに、起きている最中に脳が局所的に不活性化してしまうローカルスリープとは対照的に、深く眠っている最中(ノンレム睡眠中)に、脳が局所的に活性化してしまう「ローカル・アウェイクニング(局所覚醒)」の状態は、睡眠サイクルを含め脳がまだ未発達な子どもに見られる「夜泣き」(睡眠時驚愕症)や「夢遊病」(睡眠時遊行症)が当てはまります。


>>【その2】なんで腰抜けや記憶喪失は「ある」の?-進化精神医学から迫る解離症の起源

参考文献

*1 DSM-5-TR、p330、p352:日本精神神経学会、医学書院、2023
*2 ポリヴェーガル理論入門、p23:ステファン・W・ポージェス、春秋社、2018
*3 心の解離構造、p192、p198:エリザペス・F・ハウエル、金剛出版、2020
*4 睡眠科学、p10:三島和夫、化学同人、2016