【2ページ目】2026年9月号 映画「かがみの孤城」【その5】なんで不登校になる子とならない子が「いる」の?- 差次感受性理論

不登校のリスクとなる遺伝子は?ー「同調遺伝子」

同調的な環境(集団主義)に対して同調への感受性が高まることを説明しました。さらに、その根拠となるバイオマーカー(生物学的指標)として、同調への感受性に関係する遺伝子にはどんなものがあるのでしょうか?

この記事では、それを「同調遺伝子」と名付けます。その候補を主に3つ挙げて見ましょう。

①セロトニントランスポーター遺伝子

1つ目は、セロトニントランスポーター遺伝子(5-HTTLPR)です。セロトニンは脳内の神経伝達物質で、その「リサイクルポンプ」(トランスポーター)がよく働くと、セロトニンが使い回されて充足して、不安になりにくくなります。逆に、あまり働かないとセロトニンが不足して、不安になりやすくなります。この遺伝子の種類(遺伝子多型)には主に、よく働くL型(ロング)とあまり働かないS型(ショート)があります。ここから、S型を持つ人は、不安になりやすいことが考えられています。

★グラフ3 遺伝子と文化の関係

グラフ3は、国別にこのS型を持つ人の割合を横軸に示し、その国の集団主義の程度を縦軸示した調査研究です*1。ここから分かることは、S型を持つ人の割合において、日本をはじめ韓国、中国などの東アジアの集団主義の国では約80%と高く、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの個人主義の国では約40%と低いというという相関関係があります。そして、日本人は、世界で最もS型の人が多い、つまり世界で最も不安になりやすいことが分かります。その分、「同調遺伝子」として機能していることが考えられます。

なお、2010年の時点で日本の集団主義の程度は中国や韓国ほど高くないように示されています。しかし、戦前の時点で評価すると、世界でもまれに見る特攻隊のような自己犠牲を当たり前のように国家的に強いて、それを受け入れていた国民性を踏まえると、やはり集団主義の程度はもともとトップレベルであり、個人主義のアメリカによる戦後の民主化をきっかけにして、徐々に個人主義化していることが考えられます。

なお、日本と同じくS型の多い韓国は、不登校は増えてはいないものの、昨今ひきこもりは増えています。一方、中国は不登校もひきこもりも増えていないのですが、その原因は権威主義という国家体制(恐怖)によって、同調的な環境がまだかろうじて機能していることがうかがえます。

②ドパミン受容体D4遺伝子

2つ目は、ドパミン受容体D4遺伝子(DRD4遺伝子)です。ドパミンも脳内の神経伝達物質で、その「スイッチ」(受容体)がよく働くと好奇心が旺盛で能動的になりやすく、逆にあまり働かないと堅実で受け身になりやすくなります。この遺伝子の種類(遺伝子多型)には主に、よく働く7R(7回繰り返し配列)とあまり働かない4R(4回繰り返し配列)があります。ここから、4Rを持つ人は、受け身になりやすいことが考えられています。

実際に、欧米の国々で7Rを持つ人は約20%、4Rを持つ人は約60%である一方、日本をはじめとする東アジアの国々では7Rはほぼ0%、4Rは約80%であることが判明しています2*。つまり、個人主義の国ほど7Rが多く、集団主義の国ほど7Rが少ない(ほぼ0)ことが分かります。その分、「同調遺伝子」として機能していることが考えられます。

③ドパミン分解酵素遺伝子

3つ目は、ドパミン分解酵素遺伝子(COMT遺伝子)です。先ほどのドパミンが働いたあと、その「清掃員」(分解酵素)がよく働くとドパミン不足で受け身になり、あまり働かないとドパミン不足にはならずに能動的になります。この遺伝子の種類(遺伝子多型)には主に、よく働くVal型とあまり働かないMet型があります。ここから、Val型を持つ人は、受け身になりやすいことが分かります。

実際に、欧米の国々でVal型を持つ人は約50%、Met型を持つ人は約50%である一方、日本をはじめとする東アジアの国々ではVal型は70%、Met型は30%であることが判明しています*3。つまり、個人主義の国ほどVal型が少なく、集団主義の国ほどVal型が多いことが分かります。その分、「同調遺伝子」として機能していることが考えられます。

以上の3つの「同調遺伝子」は、集団としてその割合が多ければ多いほど、集団主義の国になることが分かります。そして、個人として揃っていればいるほど、こころのように同調への感受性が高くなり、不登校になるリスクが高まることが考えられます。

このように複数の遺伝子多型が累積することで、同調的な環境などの特定の環境への感受性が高まる状態を点数化したものを、多遺伝子スコアと言います。こころは、この点数が3点満点の3点になるでしょう。一方、萌ちゃんはせいぜい1点でしょう。

ただし、以上の3つの遺伝子は、あくまで「同調遺伝子」として推定される候補です。今後の遺伝子研究において、不登校になった子どもとならない子どもで、これらの遺伝子多型の違いが検証されることが望まれます。