【3ページ目】2026年9月号 映画「かがみの孤城」【その5】なんで不登校になる子とならない子が「いる」の?- 差次感受性理論
そもそもなんでこのよう遺伝子の種類の割合には国によって違いが「ある」の?
それでは、そもそもなぜこのような遺伝子の種類(遺伝子多型)の割合には国によって違いが「ある」のでしょうか?
その答えは、そのような遺伝子を持つ人が生き残り子孫を残しやすい文化(環境)だったからと説明できます。この文化的な要因を主に4つ挙げてみましょう。
①感染症予防の文化
アジアは、ヨーロッパと比べて、感染症のリスクが高いです。そのため、集団の出入りを制限するなどのルールを設ける必要がありました*1。逆に、それに従わない人は排除されたでしょう。
1つ目は、感染症予防の文化です。
②共同労働の文化
ヨーロッパでは麦作が多いのに対して、特に東アジアは米作が多いです。米作は、麦作と違って、高度な治水や共同作業が必要です。そのために、より集団の意思を尊重する必要がありました(ライス理論)*4。逆に、そうしない人は村八分にされ、孤立したでしょう。
2つ目は、共同労働の文化です。
③互助精神の文化
特に日本は、地震、津波、台風、火山などの自然災害がとても多いです。そのため、被災したら助け合うため、普段からより集団内のメンバーを気遣う必要がありました。逆に、そうしない人は困った時に助けてもらえず、死んでいったでしょう。
3つ目は、互助精神の文化です。
④島国根性の文化
日本の国土は島国で、大陸から一定の距離があるため、他民族からの侵略や混血はほとんどありませんでした。そして、江戸時代の鎖国がこれを後押ししました。このような民族的に極めて均質性が高い集団では、同じ見た目で同じ考え方をするので、多民族国家のように意見の違いの妥協点を見いだすために自己主張をする必要はありません。逆に、自己主張する人は、和を乱すと思われ、相手にされないでしょう。
4つ目は、島国根性の文化です。
以上の4つの文化的な要因は、多遺伝子スコアに倣って、この記事で「同調文化スコア」と名付けます。日本はこの点数が4点満点の4点になります。一方、欧米諸国はほぼ0点になります。
これらの文化に、より合わせようとする同調への感受性が高い人(遺伝子)がより生き残り、より子孫を残したでしょう。それが、現在の私たち日本人です。同時に、そのような同調的な人たちによって、その集団はより集団主義的な国(文化)になったでしょう。それが、昭和の時代までの日本でした。
このように、日本人の「同調遺伝子」には強い選択圧がかかった、同時に日本の同調的な文化(集団主義)にも強い選択圧がかかった、つまりこの両者は相互作用して共進化してきたと説明できます。
しかしです。この同調的な文化(集団主義)が戦後の民主化を境に徐々に廃れていき、逆に同調的ではない文化(個人主義)が徐々に広がっていきました。そして令和の時代、こころのような同調への感受性の高い(自分がない)子どもはもはやその同調という刺激を得られずに「言いなり」になれなくなった、かと言って同調への感受性の低い(自分がある)子どもである萌ちゃんのように「自分なり」にもなれなくなった、だからこそ不登校になり、やがてひきこもりになると説明できます。
なお、ある行動をする遺伝子がその集団に広がっていく遺伝子進化と同じように、ある行動を促す文化がその集団に広がっていくことは、文化進化と呼ばれます。この詳細については、以下の記事をご覧ください。

>>★【その6】不登校への取り組みのラストピースとは?- 扶養の期限設定






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