連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2021年9月号 映画「キッズ・オールライト」【その3】じゃあどう法整備する?「精子ドナーファーザー」という生き方とは?【生殖補助医療法】

「精子ドナーファーザー」という生き方とは?

ポールは、ジュールスたちといっしょになるため、恋人として良い関係を築いていたタニアにあっさり別れを告げます。しかし、突然すぎたため、怒った彼女から暴言を吐かれます。その後に、謝罪を口実に、彼は不倫相手のジュールスがいる4人の家に押しかけていきます。しかし、出迎えたジョニから「良い人だと思ってたのに」とがっかりして告げられます。そして、ニックに「あなたは侵入者よ。家族をつくりたいなら自分でつくって」と言われ、追い返されるのです。

このポールの一連の行動から、実は彼の自由気ままさは、彼の無責任さであることに気づかされます。彼は、独身生活が長い分、裏を返せば結婚生活や家庭生活を送ってこなかった分、相手の気持ちに思いを馳せたり、相手とつながる他の人に配慮したり、時に子どもに厳しい指摘をする責任感が乏しいのでした。これは、最後に、ジュールスがニックたちの前で「結婚生活は、終わりのないマラソンよ。でも私は努力したい(責任を持ちたい)」と説く謝罪の演説とは対照的です。

映画の途中までは、ポールが良い人キャラで、ニックとジュールスが悪役のように描かれていました。しかし、最後の最後で、ポールの薄っぺらさが露呈し、一方でニックとジュールスはお互いに欠点がありながらも一生懸命に支え合って生きていこうとしていることに気づかされます。人間関係における責任感という物差しによって、善悪が逆転してしまうのです。

ポールのように、もともと結婚生活や家庭生活に向いていない男性はいます。また、結婚生活や家庭生活を望まない男性もいます。そして増えています。いわゆる非婚の心理です。その詳細については、以下の関連記事をご参照ください。


>>【非婚の心理】

ただし、結婚したくないし子育てもしたくないけれど自分の子どもだけは欲しいという男性はいます。つまり、自分の遺伝子を残したいという思いです。これは、その1でもご紹介した生殖心理です。そんな男性は、優秀な精子を持っていれば、精子ドナーとして打って付けでしょう。そして、先ほどにも触れましたが、だからこそ、そんな男性がドナーとして生物学的な子どもを知る権利を得ることができれば、ドナーが増えていく可能性があります。非婚の男性が増えていることから、ドナーの知る権利を認めることは、ドナー確保のウルトラCの解決策になる可能性があります。彼らは、結婚しないで子育てもしないけれど自分の子どもを持つ生き方をすることになります。名付けるなら「精子ドナーファーザ」です。

一方で、結婚したくないけれど子育てはしたいという女性がいます。実際に、結婚しないことを最初から自ら選んで子どもを持つ女性は、選択的シングルマザーと呼ばれ、海外では増えています。精子バンクを利用する選択的シングルマザーと、精子バンクに精子を提供する「精子ドナーファーザー」は、実はそれぞれのニーズがきれいに一致します。これは、男女の協力関係においての社会構造が「しなければならないかどうか」から「したいかどうか」へシフトしつつあるからとも言えます。

なお、選択的シングルマザーの心理の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【選択的シングルマザーの心理】

「キッズ・オールライト」とは?


不倫騒動からしばらく経っても、ニックとジュールスは、ぎすぎすしていました。ラストシーンで、とうとうジョニが大学の寮に引っ越したあと、その帰り道の車の中で、レイザーはニックとジュールスに、ぼそっと「別れちゃだめだよ。だって、二人とも年取りすぎてるから」と言うのです。あまりにも率直な意見で、見ている私たちも、ついクスっと笑ってしまいます。空気が一変して、ニックとジュールスは久々に手をつなぐのでした。

この映画のタイトルは「キッズ・オールライト」でした。精子提供で生まれた子どもたちでしたが、それでも「子どもたちは大丈夫」という意味でしょう。同時に、それはそんな子どもたちによって「ペアレンツ・オールライト(親たちは大丈夫)」になることであるとも言えるでしょう。

この映画を通して、私たちも「キッズ・オールライト」と言えることを一番に考えた時、より良い生殖補助医療法を、そしてより良い社会をつくることができるのではないでしょうか?

図3 出自を知る権利の保障のための法整備

参考文献

1)生殖医療はヒトを幸せにするのか:小林亜津子、光文社新書、2014
2)精子提供:歌代幸子、新潮社、2012
3)ルポ生殖ビジネス:日比野由利、朝日新聞出版、2015
4)生殖医療の衝撃:石原理、講談社現代新書、2016
5)生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利:才村眞理:福村出版、2008
6)「子どもの出自を知る権利」について 生殖補助医療法と法:小泉良幸、J-STAGE、2010
7)「精子売買はグレーマーケットだった」‟不妊治療大国”で元証券会社社員が精子バンク日本語窓口を立ち上げたワケ:こみねあつこ、文春オンライン、2021
8) 生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律の成立について:法務省