連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
③お手本
自宅で電気屋を営む斎木家の父親・雄大は、慶多の目の前で、やって来る客から週末に草野球をいっしょにやろうと誘われます。雄大は、冗談交じりに断っていましたが、まるで友達のように楽しそうにしゃべっています。
3つ目の取り組みは、お手本です(モデリング)。お手本とは、何かを習う時に模範となるものです。このお手本と同じように、子どもにやってほしいことをまず自分たちが目の前で実践するという親のかかわりです。ここで、実践していないのにやってほしいことを強いてしまったら、厳格な家庭環境になります。逆に、お手本になることを意識しなかったら、放任的な家庭環境になります。そうではなくて、さりげなく(ほどほどに)その背中を見せるのです。
お手本(モデリング)は、発達心理学的には、模倣学習と言い換えられます。これは、琉晴が雄大と同じようにストローを噛んだり、慶多が良多と同じように首を傾けるポーズをするように、親などの身近な人のしぐさや行動の真似をついしてしまうことです。人類ならではの学習能力であり、社会脳が進化した約300万年前以降に生まれた古い能力です。つまり、約10万年前に生まれた言語的コミュニケーションによる学習よりも、この模倣という非言語的コミュニケーションによる学習の方がより古く、より嗜癖性が強い点で、より効果的であることが分かります。一言で言えば、子どもは親の言うことを聞くとは限りませんが真似はするということです。
例えば、友達と仲良くすることについてです。口で言うよりも効果的なのは、まず親が夫婦で仲良くしている姿を子どもに見せることです。夫婦げんかをしても、その後の仲直りを目の前で見せることです。謝ることについても、まず親が子どもについ悪いことをしてしまったら、ラストシーンの良多のように素直に謝る姿勢を見せることです。
逆に、かつての野々宮家のように、夫婦でギスギスしていたり、一方がもう一方の言いなりになっていたり、陰でお互いがお互いの悪口を子どもに吹き込んでいるとどうでしょうか? 友達を大切にしなさいと口先だけで言っても、何の説得力もありません。
また、習いごとや勉強することについてです。口で言うよりも効果的なのは、まず親がピアノを楽しく弾いていたり、本をよく読んだり熱心に調べ物をしていることです。実際に職場に子どもを連れて行って、働いている姿を少しでも見せることです。夫婦でニュースの話題で盛り上がって意見を言い合ったり、仕事がうまく行った喜びや夢を語り合っている姿を子どもに見せることです。
逆に、親がその習いごとをやった経験がなかったり、いっしょにやっていなかったらどうでしょうか? 斎木家のように父親が家で昼間からごろごろしていたり、野々宮家のように仕事があまりにも忙しくてほとんど家にいなかったらどうでしょうか? 習いごとで悔しがれ、勉強しろ、夢を持てと口先だけで言っても、何の説得力もありません。
なお、日本ならではの謙遜の文化には注意が必要です。例えば、ご近所さんや知り合いから「お宅のお子さんはしっかりしてますねえ」と言われた時です。その言葉がお世辞であっても本音であっても、謙遜の文化の文脈では、渋い表情で「いえいえ、そんなことないです」と返答するのが礼儀になります。しかし、この返答を目の前で聞いた子どもはどう思うでしょうか? 子どもは謙遜の文化をよく分からず、混乱して「実は自分が駄目なんだ」と自信を失ってしまうリスクがあります。お手本(モデリング)を意識した正解の返答は、笑顔で「そう思っていただき嬉しいです」「励みにします」「ありがとうございます」です。そして、子どもには、「〇〇さんにそう言われて嬉しいね」「もっとがんばりたくなってきたね」です。
もしもつい謙遜してしまったら、またはどうしても謙遜しなければならなかったら、その後は素直に子どもに謝り、事情を説明すればいいだけです。これは、謙遜の文化についての心理教育をするチャンスになります。
身内の中での冗談交じりのダメ出しも注意が必要です。例えば「パパみたいになっちゃ駄目だよ」「ママはバカだな」などです。これらは、大人同士では「実はそうじゃない」という文脈を共有していますが、子どもはこの裏メッセージ(ダブルバインド)をよく分かっていません。鵜呑みにしたり、そのまま友達に使ってしまうリスクがあります。お手本(モデリング)を意識した代わりのセリフは、「パパはそんなことするの駄目だよ」「ママはそんなバカなことしないで」と、主体を人ではなく、行動に置き換えるのが良いでしょう。
「人育て」(人材育成)においても、全く同じことが言えます。上司がしんどそうにしていたり、職場の愚痴を言ってばかりだと、どうでしょうか? いくら部下にがんばれ、自分の将来を考えろと口先だけで言っても、何の説得力もありません。
上司はまず、余計なことは言わず、生き生きと仕事している背中を見せて、仕事の夢を語ることが効果的でしょう。