連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2022年8月号 ドラマ「ドラゴン桜」【前編】なんでそんなに東大に入りたいの? 学歴ブランド化の不都合な真実とは?【教育ビジネス】

学歴ブランド化の問題点は?

学歴は、手に入れた場合に優遇されるという個人としての恩恵があることが分かりました。一方で、社会全体としてはどうでしょうか? ここから、東大に限らず、学歴ブランド化の社会的な問題点を、桜木先生のセリフをヒントに大きく3つあげてみましょう。

①学歴がないと搾取される側になってしまう-学歴階級社会

桜木先生が、全校生徒の前でいきなり挑発するシーン。彼は言います。「おまえらにその(東大に入る)価値があるとは思えない。見るからにぐずでのろま。勉強も学校生活もみんな中途半端。1日中、やれスマホだ、ゲームだ。毎日何となくぼけーとした日を送ってやがる。バカばっかりだ! バカなだけなら、まだいい。無関心、無気力、甘ったれ、根性なし。そんなおまえらがこのまま何となく世の中に出てみろ。あっという間に、薄汚い社会の渦に飲みこまれ、知らず知らずに搾取され、騙され、カモにされ、こき使われる。一生社会の奴隷となって、もがき続け死んでいくんだ」と。

1つ目の問題点は、学歴がないと搾取される側になってしまうことです。これは、学歴があると優遇されるシープスキン効果を逆から言い表しています。学歴が、職業の単なるふるい分けの役割を果たすだけでなく、シープスキン効果によって生活レベルの格差(収入格差)を生み出すように働いています。これは、ひと言で言えば、学歴階級社会です。

②みんなが学歴を高くしようとする-学歴インフレ

桜木先生は、全校生徒を鼓舞するシーン。彼は言います。「東大なんてのはなあ、やり方次第で簡単に入れる」「賢いやつはだまされずに得して勝つ。バカはだまされて損して負け続ける。これが、今の世の中の仕組みだ。だから、おまえら。だまされたくなかったら、損して負けたくなかったら、おまえら勉強しろ! 手っ取り早い方法を教えてやる。東大に行け!」と。

2つ目の問題点は、みんなが学歴を高くしようとすることです。学歴がなければ搾取されることを知ったら出てくる当然の発想です。彼の東大特進クラスには数人集まりました。しかし、よくよく考えると、もしも全校生徒全員が東大を目指したらどうなるでしょうか? 東大の合格者は最初から定員が決まっているわけで、全員東大に入ることはできません。いわゆるゼロサムゲームです。競争率が上がって、ますます東大の価値が高まります。これは、ひと言で言えば、学歴インフレです。

③教育関係者の既得権が増える-教育ビジネス

桜木先生は、全校生徒の前でさらに続けます。「社会にはルールがある。その上で生きていかなきゃならない。だがな、そのルールってやつは、すべて頭の良いやつがつくっている。それはつまり、どういうことか(というと)、そのルールは、すべて頭の良いやつに都合の良いようにつくられてるってことだ!」と。そして、実は、その「頭の良いやつ」の中に、教育関係者も含まれます。

3つ目の問題点は、教育関係者の既得権が増えることです。学歴インフレによって、彼らの需要が必然的に増えます。大学への入学希望者が増えれば、大学の価値が高まります。実際に、少子化になって数十年経っているにもかかわらず、現在まで大学の数は増え続けています。すると、大学に関係する雇用が増えます。特に、もともと就職先が限られていて学歴過剰になりがちな大学院卒の人たちの打ってつけの受け皿になります。また、塾や予備校などの受験教育に関係する雇用も増えます。そして、実は桜木先生もその1人であると言えます。

一方で、受験生や大学生(専門職や研究職を目指す学生を除く)の多くは、大卒という学歴を得るために、仕事や生活にあまり役に立たないうえに必ずしも楽しくない教育を受けるようにさらに駆り立てられます。そして、卒業後は受けたその教育のほとんどを忘れてしまうのです。これは、もはや時間とお金と労力の壮大なむだ使いに思えてきます。旧ソ連に「国は給料を払うふりをして国民は働くふりをする」というジョークがあります。同じように、学歴インフレが進んだ学歴階級社会では「学校は教えるふりをして学生は学ぶふりをする」というジョークが生まれてしまいそうです。

つまり、学歴ブランド化によって一番恩恵を受けるのは、教育を受ける側ではなく、実は教育をする側であるということです。これは、教育のビジネス化、つまり教育ビジネスという不都合な真実です。


>>【中編】実は幻だったの!? じゃあ何が問題?【教育格差】

※参考図書・参考記事
1「大学なんか行っても意味はない?」P106:ブライアン・カプラン、みすず書房、2019