連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2023年1月号 映画「アバター」私たちの心はどうやって生まれたの?【進化心理学】

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・社会脳
・進化的適応環境(EEA)
・プレゼント仮説
・ダンバー数
・クッキング仮説
・人間関係の量と質
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映画「アバター」の舞台は、近未来の地球からやや離れた惑星パンドラ。そこに侵略しようとする地球人と先住民族との戦いを描いています。CGによる実写を超えた大自然の映像美とシンプルなストーリーで、私たちは時間を忘れてその世界観にどっぷり浸かることができます。

今回の記事では、この映画に登場する先住民族たち同士のやり取りを通して、私たち人類の心がどうやって生まれたのかという心の起源に迫ります。そして、進化心理学そのものについて解説します。

私たちの心とは?

主人公は、先住民族ナヴィの森の民の長であるジェイク。もともと人間でしたが、アバターに完全に乗り移ることによって先住民族の一員になり、地球人から村を守ろうとします。しかし、彼だけが裏切り者として地球人のターゲットになってしまっていたため、彼は森の民を守るために自分の家族だけを引き連れて、遠い海の民の村に身を潜めます。

ここから、その後の3つのシーンを通して、私たちの心の本質をご説明しましょう。

①助けるか迷う

1つ目は、ジェイク一家が海の民の村にやってくるシーン。出迎えた海の民の長トノワリは、他の海の民たちが見守るなか、そして妻ロナルが拒む様子を見せるなか、ジェイクたちを受け入れるか一時迷います。そのわけは、個人的には同じ長として助けたいと思いつつ、助ければ自分の部族が危険にさらされるおそれがあったからでした。

②気を遣う

2つ目は、ジェイクの息子ロークがトノワリの息子アオノンからよそ者として馬鹿にされたことに腹を立てるシーン。ロークはアオノンについ手を出してしまいます。ロークは父親ジェイクから「相手は長の息子だぞ。トラブルを起こすな」と叱られます。ジェイクは海の民たちに気を遣っていたのでした。こうして、ロークはアオノンに渋々謝りに行きます。

③かばう

3つ目は、アオノンがロークを危険な海に無理やり連れ出すシーン。なんと、アオノンはロークを置いてけぼりにして、仕返しをします。ロークは一人で何とか危険を脱して夜遅くに帰ってきます。アオノンが父親トノワリから叱られるなか、ロークは「いや、自分が行きたいって頼んだんだ」とアオノンをかばうのです。不思議に思ったアオノンは「なんでかばったんだ?」とあとで聞きます。すると、ロークは「部族の長の息子の気持ちはよく分かるから」と答えて、2人は仲直りをするのです。

このように、助けるか迷ったり、気を遣ったり、かばったりするのは、私たちがどこかで見たことがあるような、よくあるシーンです。彼らは地球とは違う惑星の、人類とは違う生物種族でありながら、その心は私たちとまったく同じように描かれています。この心のあり方とは、常に相手の気持ちを推し量り、周り(集団)とうまくやっていくことです。これは、社会脳と呼ばれています。

私たちの心の進化を促した環境とは?

この私たちの社会脳は、いつ生まれたのでしょうか? それは、まさにナヴィ族が生きているような部族社会をつくっていた原始の時代であったと考えられています。それは、どんな環境でしょうか? ナヴィ族を通して、その特徴を大きく3つあげてみましょう(*1)。

①その日暮らしで助け合う

ナヴィ族の森の民も海の民も他の動物を狩ったり、木の実や海藻を採ったりするなどの狩猟採集生活をしています。しかし、これらの食料は、基本的に蓄えることができません。そのため、誰かの食料が尽きれば、部族の別の誰かの食料を分けてもらいます。

1つ目の特徴は、その日暮らしで助け合うことです。周りにある資源は部族全員のもので、所有の概念がありません。人口密度が低いため、資源がなくなれば、部族全員で別の場所に移住します。もちろん、他の部族の縄張りを侵せば、争いに発展します。

なお、獲物を捕まえる心理の進化の詳細ついては、ギャンブル脳として以下の記事をご覧ください。


>>ギャンブル脳

②みんな顔なじみで分かり合う

ジェイク一家を出迎えた時に集まった海の民の数は、100人程度でした。そして、ロークが行方不明になった時、トノワリの指示のもと、部族全員がすぐに結束して、みんなで捜索をしていました。部族全員がお互いのことをよく知っており、通じ合っています。

2つ目の特徴は、みんな顔なじみで分かり合うことです。そのために、部族の規模はそれぞれの家族や親族を中心としてつながった100人程度の小規模な集団になります。

なお、一致団結する心の進化の詳細については、同調の心理として以下の記事をご覧ください。


>>同調の心理

③いつも死と隣り合う

ジェイクはロークに「トラブルを起こすな」と叱りました。しかし、もしもそうしなかったら海の民からひんしゅくを買って追い出されたでしょう。そして、他にどこの部族も入れてくれなければ、それは死を意味します。なぜなら、彼らは集団になって食べ物を分け合い、猛獣から自分や子どもたちを守り合って、何とか助け合って生きているからです。また、ロークは危険な海に置いてけぼりにされて、危うくサメのような魚に食べられて死ぬところでした。ジェイクの娘のキリがてんかん発作を起こした時、治療のためにやっていたことは、ロナル(トノワリの妻)の祈祷だけでした。

3つ目の特徴は、いつも死と隣り合うことです。仲間外れにされたら死を待つだけです。それだけでなく、そもそも医療が発展していないため、乳幼児の死亡率は高いです。その日暮らしであるため若くして死ぬことも珍しくなく、平均寿命も低いです。だからこそ、人口密度が低いのです。

なお、いつも死と隣り合う心の進化の詳細については、不安の心理として以下の記事をご覧ください。


>>不安の心理

私たちの心の進化を促したこのような環境は、進化的適応環境(EEA)と呼ばれています。この映画では、ナヴィ族を通して、実は原始の時代の人類の生活環境を分かりやすく描いています。言い換えれば、ナヴィ族の暮らす森や海は、私たち人類の心の進化を考えるうえで、打ってつけのモデル環境であると言えます。