連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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それでは、私たちの進化的適応環境(EEA)がなぜ原始の時代なのでしょうか? その根拠を、大きく3つあげてみましょう。
①脳の大きさの変化
約700万年前に、人類がチンパンジーと共通の祖先から分かれて直立二足歩行をするようになりました。現在のチンパンジーやゴリラの平均脳容量が400-500ml程度であることから、初期の人類の脳の大きさもその程度であったと推定されています。そして、約200-300万年前から徐々に脳容量が増加していき、現在の1400mlに達していることが遺跡から発掘された人骨の調査から分かっています(*2)。
1つ目の根拠は、脳が大きくなったのが原始の時代だからです。ちなみに、人類が直立二足歩行になった原因として、プレゼント仮説が提唱されています(*2)。これは、人類が二足歩行をすることで、手が自由になり、得た食料を持ち歩けるようになり、特にオスがメスにそれをプレゼントしていたという説です。そして、メスはそのお礼としてセックスをして、そのオスとの子どもを育てていたという説です。これは、ジェンダーギャップ(性別役割分業)の起源です。この詳細については、以下の記事をご覧ください。
②群れの大きさの変化
それでは、なぜ脳が大きくなったのでしょうか? それは、群れが大きくなったからです。群れが大きくなると言うことは、それぞれのメンバーを見分けるだけでなく、自分とメンバーとの関係性、さらにはメンバー同士の関係性を覚えておく必要が出てきます。例えば、誰と誰が親子か、誰と誰が仲良しか(または不仲か)、誰より誰が上か(または下か)など実は膨大です。さらに、群れの一員であり続けるためには、ジェイクやロークのように血縁が近くなくても周り(群れ)と仲を深めて信頼関係を築いていく必要もあります。つまり、量的にも質的にも群れで適応する能力が必要になります。
2つ目の根拠は、群れが大きくなったのが原始の時代だからです。実際に、サルの野外実験では、ある子ザルの不安な鳴き声を録音してスピーカーで再生すると、その母親が瞬時にそのスピーカーの方を見るだけでなく、他のメスザルたちが一斉にその子ザルの母親がどこにいるかを探していたという結果が得られました。まさに、海の民たちが、長のトノワリの動向を見守る状況に重なります。
また、霊長類の脳(厳密には脳の中での大脳新皮質の比率)の大きさの大きさと群れの大きさには相関関係が見いだされています(*2)。例えば、ゴリラは10-15頭、ニホンザルは10-100頭、チンパンジーは20-100頭です。この相関関係から、人間の群れの大きさは、約150人と割り出されています。これは、発見した学者の名前をとって、ダンバー数と呼ばれています。実際に、アフリカなどの文明化されていない未開の氏族(クラン)の平均人数は150人程度であり、一致しています(*3)。
なお、脳が大きくなった原因は、群れが大きくなったことだけでなく、クッキング仮説も提唱されています(*2)。これは、火が使えるようになったことで、調理ができるようになり、消化に消費していたエネルギーが回るようになったという説です。
③生活環境の変化
それでは、なぜ群れが大きくなったのでしょうか? それは、地殻変動からアフリカの東側の森が草原になっていったからです。草原では、森のように木の実や獲物などが少なくなります。また、逃げ隠れできるところも少なくなるため、特に子どもはすぐに猛獣に狙われます。そのため、ジェイクが家族の絆を大切にしていたように、父親も子育てに参加して家族としていっしょに暮らすようになったのでした。そして、家族を核とする血縁集団をどんどん大きくして、食料を分け合い、危険から身を守り合うようになったのでした。
3つ目の根拠は、助け合う必要がある生活環境に変わったのが原始の時代だからです。ちなみに、森が草原になっていった時、チンパンジーやゴリラなどの他の霊長類はそこでは生き残れませんでした。そのわけは、彼らは人類のようにプレゼントを介してオスとメスが助け合うベースがもともとなかったからであると考えられます。
なお、家族の起源の詳細については、以下の記事をご覧ください。
私たちの心が進化したのが原始の時代であったのは、危険な草原で生き残り子孫を残すために、群れが大きくなり、結果的に脳が大きくなったからであることが分かりました。その産物が社会脳なのです。言い換えれば、たまたま地殻変動が起きて、危険な草原でも社会脳を進化させ生き残り子孫を残した種が、人類と名乗っているとも言えます。逆に言えば、地殻変動が起きなければ、人類は、社会脳を進化させるチャンス(淘汰圧)がなく、現在になっても森の中でチンパンジーやゴリラの脅威を感じながら弱々しく細々と生きていただけかもしれません。
このように、進化とは、世代を経ていくうちに、環境の変化に合わせて、遺伝子が変化するプロセスです。そして、進化心理学とは、その進化の視点で、心(脳)の成り立ちをとらえる学問です。
なお、進化するには、何万年という長い歳月を必要とします。一方、農耕牧畜生活から始まる現代の文明社会は、たかだか1万数千年しか経っていません。この環境変化に進化が追い着くにはまだ期間が短いのです。つまり、私たちの心の原型は、原始の時代の特に大きな群れをつくり狩猟採集生活をしていた約300万年の間に形づくられたと言えます。そして、私たちの心(脳)は、現代の文明社会ではなく、むしろ原始の時代の社会に適応しやすいと結論づけることができます。
この映画に登場する地球人たちは、お金のことばかり考え、自然を破壊し、不老不死を手に入れようとしていました。まさに文明社会で生きる私たちの価値観が、皮肉を込めてあえて露悪的に描かれています。
そんな文明社会で生きる私たちの人間関係は、SNSなども含めると150人(ダンバー数)を遥かに上回っています。この数の多さは明らかに脳のキャパオーバーです。その労力や時間のコストに限りがあることを考えると、量的に増えれば質的に落ちるのは必然です。つまり、不特定多数の誰かと浅く付き合ってしまう分、特定少数の誰かと深く付き合いにくくなってしまうということです。それは、例えば、親友や恋人をつくりにくくなることです。そして、損得勘定(スペック)で相手を品定めしてしまうことです。まさに現代人の価値観です。
この進化心理学の視点によって、私たちは人づきあいのあり方を見つめ直す必要があることに気付かされます。それは、先ほどにも触れたロークのように、自然とともに素朴に友情や恋愛を育むことでしょう。
この映画「アバター」は、スクリーンを通して私たち自身がジェイクやロークたちの目になり心になることで、彼らになりきるだけでなく、原始の時代の私たち人類の心にもなりきることができるでしょう。そして、進化心理学とは、まさに「アバター」の目や心になって、原始社会に思いを馳せ、原始社会の私たちの心の原点に気づいていくこととも言えるでしょう。
なお、今回は、心(社会脳)の起源に迫りました。これを含む意識の起源については、以下の記事をご覧ください。
●参考文献
*1 「感情心理学・入門」P75:大平秀樹(編)、有斐閣アルマ、2010
*2 「進化と人間行動」(第2版)P123、P109、P122、P135:長谷川寿一ほか、東京大学出版会、2022
*3 「友達の数は何人?ダンバー数とつながりの進化心理学」P23:ロビン・ダンバー、インターシフト、2011