連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2023年3月号 映画「RRR」なんで歌やダンスがうまいとモテるの?【ラブソング・ラブダンス仮説】

③リズムを取る

約200万年前以降、人類の頭蓋骨は徐々に大きくなっていったことが遺跡から発掘された人骨の調査から分かっています(*2)。そのわけは、部族のメンバーの数が増えていき、その関係を維持するための能力(社会脳)が進化したからでした。この詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>社会脳の進化

人類の頭が大きくなっていくと、必然的に難産になります。その打開策として、人類の出産は早産になるように進化していきました(生理的早産)。しかし、その代償として、人類の赤ちゃんは、他の霊長類とは違い、生まれてしばらくは寝たきりになりました。彼らは、チンパンジーやニホンザルの赤ちゃんのように生まれてすぐに母親にしがみついておっぱいをもらうことができません。そこで、人類の赤ちゃんは、おっぱいをもらうために激しく泣くように進化していったのです。赤ちゃんが泣くことは、猛獣を呼び寄せることになり、本来適応的ではありません。実際に、チンパンジーやニホンザルなどの類人猿のほぼすべての赤ちゃんは泣きません。そもそも生まれてすぐに母親にしがみついておっぱいがもらえるので泣く必要もありません。

ところが、人類は、部族のメンバーをどんどん増やしていったことで、共同育児が可能になり、赤ちゃんが泣いても、猛獣を追い払って守ることができるようになっていたのです。現代でも、赤ちゃんが泣いても母親が一定時間対応しなければ、赤ちゃんは本能的に泣きやみます。対応しないということは、母親たちは近くにおらず、原始の時代は猛獣を呼び寄せるだけになってしまうからです。ちなみに、これは、夜泣きへの対策である「クライアウト」(cry it out)として、赤ちゃんに添い寝しない欧米では主流のやり方です。

ちなみに、赤ちゃんは泣くだけでなく微笑むことによっても母親の関心を引くように進化しました(新生児微笑)。笑いの起源の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>笑いの起源

さらに、赤ちゃんが激しく泣く副産物として、息を止める息つぎが進化したと考えられています(*4)。息つぎによって呼吸をコントロールできるようになり、それまでのように一息で唸り声をあげるだけでなく、息つぎによってリズミカルに唸る、つまりハミングができるようになっていったのです。こうして、母親は赤ちゃんにハミングの子守唄を歌い、赤ちゃんが胎内にいる時に聞こえる母親の心拍数(60回/分)と同じリズムでとんとんと背中を優しく叩いたり揺することができるようになっていったでしょう。

3つ目の段階は、リズムを取ることです。実際に、人間以外でリズムを取る動物は、小鳥、イルカ、ゾウなど限られています。そのわけは、小鳥の雛は、人間の赤ちゃんと同じように親から餌をもらうためによく鳴くからです。それが可能なのは、彼らの住みかが高い木の上にあり、他の鳥に狙われるリスクはありつつも、猛獣たちがいる地上からはかなり離れているためです。逆に、大型の鳥の雛は鳴きません。その理由は、その住みかが、大きくなることでその重みから高い木の上にはつくれず、必然的に地上に近くなるからであると考えられます。

また、イルカについては、海のなかにいるため、当然ながら息つぎができます。ゾウは、長い鼻で水を吸い上げることから、息つぎができます。なお、先ほどご紹介した「歌うサル」のミュラーテナガザルは、決まったパターンの鳴き声しかできないことから、息つぎでリズムを取っているかは不明です。

実際の研究では、人間にも鳥にも、リズムに関する聴覚性の「ものまね神経」(ミラーニューロン)があることが分かっています(*4)。

なんで歌やダンスがうまいとモテるの?

歌とダンスの起源は、注意を引く、まねをし合う、リズムを取ることであることが分かりました。約700万年前に人類が誕生してから約20万年前に人類が言葉を話すようになるまでの約680万年の長い間、歌とダンスは、求愛、癒し、同調のためのサイン言語として、人類の心の進化に大きな役割を担いました。

例えば、歌やダンスのうまさは、結婚相手や部族の地位の主な判断基準の1つになっていたでしょう。だからこそ、歌やダンスがうまい人は、周りとうまくコミュニケーションができるため、異性だけでなく、同性や子どもも含めた部族のメンバー全員から愛されるわけです。現代の社会で言語能力(知能)がもてはやされているのと同じかそれ以上に、原始の時代は歌やダンスの能力がもてはやされていたと言えるでしょう。だからこそ、現代の私たちが音楽やダンスを好み、特に男性のミュージシャンやダンサーがモテるのです。

この点で、初期の人類の進化の鍵が「プレゼント仮説」であるのなら、その後の進化の鍵はラブソングと求愛ダンスと言えるでしょう。これを名付けるなら「ラブソング・ラブダンス仮説」です。

★グラフ1 歌とダンスの起源