連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2020年3月号 テレビ番組「M1グランプリ」-実はボケってメンタルの症状!? 逆にネタから症状を知ろう!

なぜ笑うの?


お笑いとは、メンタル症状、個性、驚きという3つのおかしさ(異常)がネタになっていることが分かりました。ただし、おかしさ(異常)だけでは、必ずしも笑えません。それでは、なぜ笑うのでしょうか? ここから、笑う心理の要素を、大きく3つ上げて、お笑いと異常の違いを考えてみましょう。

①本人が異常を自覚する―メタ認知
1つ目は、お笑いをやっている本人たちが異常を自覚していることです(メタ認知)。逆に言えば、本人たちが異常を自覚できなければ、気の毒で笑えません。例えば、メンタル症状でまさに苦しんでいる人、不幸に見舞われた人、冗談がスベって萎縮している人、本気でケンカしている人です。

②周りが異常を受け入れる―受容
2つ目は、周りの人が異常を受け入れていることです(受容)。逆に言えば、お笑いをやっている本人たちが異常を自覚していても、周りの人がその異常を受け入れていなければ、悪口になり笑えません。例えば、容姿や癖、さらには身長差や年齢差などについて、多様性の時代の個性であると考える人が周りにいる状況です。

この点で、かつて一世を風靡した「おバカ」キャラは、知的能力の差(知的障害)と重なるため、この記事での分類にあえて入れませんでした。

③周りが異常と思える―自明性
3つ目は、周りの人が異常だと思えることです(自明性)。逆に言えば、お笑いをやっている本人たちが異常だと思っていても、周りの人がそう思わなければ、差別になり笑えません。例えば、性差、性自認、性的指向などのセクシャリティ、ニート(不就労)、未婚(非婚)などの生き方について、多様性の時代の個人の自由であると考える人が周りにいる状況です。

この点で、「オネエ」キャラや「ゲイ」キャラなどのLGBTネタは、この記事での分類にあえて入れませんでした。

★表1 お笑いの精神医学

なぜ笑いは「ある」の?


これまで、なぜ笑うのかという疑問にお答えしました。それでは、そもそも、なぜ笑いは「ある」のでしょうか? ここから、笑う心理の起源を、3つの段階に分けて、進化心理学的に探ってみましょう。

①歯出し―緊張緩和
約6500万年前に霊長類が誕生し、強い同種には敵対しないことを伝えるようになりました(緊張緩和)。そのひれ伏し行動の1つとして、口角を引き上げて高い鳴き声を出すようになりました。やがて、顔面の扁平化による立体視、顔面の毛の消失によって、聴覚よりも視覚によるコミュニケーションが中心になったため、鳴き声が省略されて、口角の引き上げ、つまり歯出し表情だけが残りました。

約1000万年前に、ゴリラと別れたヒト族(チンパンジーと人間)が誕生し、母親が子どもと抱き合って生活するスタイルから、少し離れて見つめ合う生活スタイルになりました。この時、歯出し表情が、心地良さの表情として使われるようになりました。これが、微笑の起源です。

約700万年前に、人類が誕生し、頭部が大きくなった代償として、母親の産道を通過するために、未熟児で生まれるようになりました(生理的早産)。よって、赤ちゃんは、生まれてからしばらくは寝たままの状態になります。この時、赤ちゃんは、泣くだけでなく、微笑むことで、母親の関心を引くようになりました。これが、新生児微笑の起源と考えられます。

1つ目の段階は、緊張緩和による歯出しです。これが、コミュニケーション能力を進化させました。実際に、お笑いの基本は、緊張と弛緩と言われています。

②口開け―興奮
約6500万年前に霊長類が誕生し、じゃれ合い(プレイ・ファイティング)によって、体の動かし方や周りとのかかわり方を学習するようになりました。この時、「アハ、アハ、アハ」とあえぎ声を上げるようになりました(プレイ・パント)。これが、「アハハハハ」という笑い声の起源です。また、その声を出すために、口を開けるようになりました(プレイ・フェイス)。これが、笑い顔の起源です。

2つ目の段階は、興奮による口開けです。これが、遊びの心理を進化させました。これは、くすぐり、イナイイナイバー、「高い高い」(持ち上げ)などの発達の遊びに通じます。実際に、お笑いの基本は、騒がしさや賑やかしと言われています。

③つられ笑い―同調
約700万年前に人類が誕生し、300万年前にアフリカの森からサバンナに出て、家族同士が血縁関係で助け合うことで村をつくりました。この時、周りに合わせようとするようになりました(同調)。こうして、霊長類にすでにみられる痛み、怖れ、怒りなどの不快な感情の共感だけでなく、楽しさや喜びなどの快の感情の共感もできるようになりました。

3つ目の段階は、同調によるつられ笑いです。これが、絆づくり(愛着)の心理を進化させました。これは、もらい泣きやもらいあくびに通じます。実際に、この心理を利用したお笑いテクニックが、「誘い笑い」です。また、お笑いのゴールは、会場が爆笑の渦で「うねる」、つまり同調することであると言われています。

★グラフ1 笑う心理の起源

笑いをどう生かす?


M1グランプリのネタを中心に、お笑いネタを精神医学的に分類しました。メンタル症状はお笑いネタの宝庫と言えます。メンタルヘルスを切り口にすると、さらに新しいお笑いネタを見いだすことができるでしょう。また、進化心理学的に言えば、私たちが笑う意味とは、緊張緩和によるコミュニケーションであり、興奮による気晴らし(遊び)であり、そして同調による絆づくりであると言えるでしょう。

さらに、お笑いと異常の違いを踏まえると、私たちの人生でどんなにつらいこと(異常)も、そのつらさを客観視し、受け入れられたら、笑いに変えられるのではないでしょうか? そしてその先は、もはや、そのつらさをつらさ(異常)と思わなくなっているのではないでしょうか?

参考スライド

【メンタル症状】2020年

参考記事

【ユーモアのスキル】2017年1月号 アニメ「クレヨンしんちゃん」
【コミュニケーションの起源】2018年4月号 アニメ「アンパンマン」
【意識の異常】2017年4月号 アニメ映画「パプリカ」

参考図書

1)言い訳 関東芸人はなぜM1で勝てないのか:ナイツ塙宣之、集英社新書、2019
2)笑いの方程式:井山弘幸、化学同人、2007
3)雨宮俊彦:笑いとユーモアの心理学、ミネルヴァ出版、2016