連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2023年3月号 映画「RRR」なんで歌やダンスがうまいとモテるの?【ラブソング・ラブダンス仮説】

歌とダンスの起源は?

歌とダンスの機能が、求愛、癒し、同調であることが分かりました。それでは、そもそもこれらはいつ生まれたのでしょうか? ここから歌とダンスの起源を3つの段階に分けて、その答えに迫ってみましょう。

なお、歌とダンスをいっしょに説明する理由として、歌が聴覚を介しているのに対してダンスは視覚を介していますが、リズムによるコミュニケーションという点では本質的に同じと考えられるからです。

①注意を引く

約4億年前に最古の昆虫が陸上に誕生してから、少なくとも2億5千万年前に当時のキリギリスは音を出すように進化しました(*1)。そして、それ以降、昆虫だけでなく、両生類、爬虫類、哺乳類などの脊椎動物も、鳴き声によって交尾相手に求愛したり交尾ライバルや天敵を威嚇したり獲物をおびき出すようになりました。こうして、地球は、それまでの風雨や波だけの静かな世界から、色々な動物たちの鳴き声による騒がしい世界へと様変わりしていったのです。

約700万年前に、アフリカの森で、二足歩行をする初期の人類が誕生しました。これは、遺跡で発掘された人類の骨格の変化から判明しています。二足歩行のきっかけは、オスが捕まえた獲物を両手で持ち帰り、メスにプレゼントをしたためであったと考えられています。そして、そのお礼としてメスはセックスをして、そのオスとの子どもを育てていたと考えられています(プレゼント仮説)。

ここで、あるオスがプレゼントを用意していても、同時に他のオスたちも同じようなプレゼントを用意していたら、どうでしょうか? メスは必ずしもそのオスのプレゼントを受け取ってくれなくなる状況が想定されます。そこで、オスは自分がメスに選ばれるために、唸ったり動き回ったりして目立つようにしたでしょう。そうしたオスが選ばれ、子孫を残したでしょう。こうして、その唸りや動きはより洗練され複雑になるように進化していったでしょう。これが、歌とダンスの起源です。

1つ目の段階は、注意を引くことです。その練習のために余分な労力が必要になります。また、メスだけでなく、天敵の注意も引きやすくなります。このようなコストやリスクなどのハンディを背負ってでも、歌やダンスを披露する余裕があるという生存能力の高さをメスに示すことができます。これは、ハンディキャップの原理と呼ばれています(*2)。やがて、いったんこのメスの選り好みができると、その後は生存能力の高さとは関係なく、歌やダンスがうまいだけで選ばれるようになります。これは、暴走進化説(ランナウェイ)と呼ばれています。この詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>暴走進化説(ランナウェイ)

人間以外でも、例えば、カナリアのさえずりやゴクラクチョウの求愛ダンスは有名です。また、ゴリラのドラミングは、威嚇だけでなく、求愛の意味もあることが分かっています。ミュラーテナガザルは、「歌うサル」とも呼ばれ、自己アピールをはじめいくつかのパターンの鳴き声をします。

逆に、人間に最も近縁のチンパンジーは、ラブソングや求愛ダンスがみられません。そのわけは、彼らの生殖が乱婚型(多夫多妻型)であるため求愛行動を積極的にする必要がないからでしょう。一方、初期の人類も乱婚型であったことが考えられていますが、彼らはオスがプレゼントをしてメスがそれを選ぶというプロセスがまずありました。だからこそ、それに伴ってラブソングやダンスが生まれたと考えられるわけです。

そもそも人類のオスがメスにプレゼントをあげるようになったわけは、人類はチンパンジーのようにエサが豊富な場所を縄張りとすることができないくらいチンパンジーよりも弱く、オスとメスが助け合わなければ生き残って子孫を残せないという淘汰圧がかかっていたからであることが考えられます。ちなみに、ゴリラの生殖がハーレム型(一夫多妻型)である原因は、ゴリラの縄張りがチンパンジーと比べてエサが少なく散在していたことでオスとメスが出会いにくかったことが考えられています。ゴリラのドラミングは、あくまで他のオスを牽制するという要素が大きく、メスに選んでもらうという要素が少なかったため、ドラミングが洗練された求愛ダンスに発展する必要がなかったと考えることができます。

なお、人間、チンパンジー、ゴリラのそれぞれの生殖戦略の違いの詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>生殖戦略の違い

②まねをし合う

約300万年前、地殻変動からアフリカの東側の森が草原になるにつれて、木の実や獲物、逃げ隠れできる場所が減っていきました。特に、赤ん坊は小さく無力であるため、猛獣の格好の餌食にされてしまいます。こうして、人類はもはや母親だけで子育てをするのが難しくなっていきました。そんななか、父親は母親と生活をともにして子育てに参加するようになっていきました。これが、人類の一夫一妻型の生殖の起源であり、家族の起源です。実際に、当時の遺跡から十数人の化石が密集して発掘されています(*3)。

ここで、どうやって女性(母親)は特定の男性(父親)にいっしょにいてほしい気持ちを伝えたのでしょうか? おそらく、その方法は、女性が男性の求愛の唸り声や動きをまねすることだったのではないでしょうか? そして、男性はその女性をさらにまねすることで、いっしょにいたい気持ちを伝えたのではないでしょうか?

2つ目の段階は、まねをし合うことです。つまり、まだ言葉がない当時、初期のラブソングの唸り声や求愛ダンスの動きは、表情や身振り手振りと同じサイン言語(非言語的コミュニケーション)の役割を果たすようになっていったということです。実際に、目の前の相手と同じ仕草や口癖をすると相手から好感を持たれます。これは、ミラーリングと呼ばれています。そして、このミラーリングは、夫婦の間だけでなく、家族を基本とする血縁で集まった部族の間にも広まっていったでしょう。例えば、同じ唸り声の挨拶を交わしたり同じように足踏みをすることです。これが、同調の起源です。こうして、歌やダンスは、夫婦のつながりだけでなく部族のつながりの維持の機能も担うようになっていったでしょう。

なお、人類が草原で暮らし始めた当初、歌やダンスは、森の中とは違い、とても控えめなものであったことが想定されます。なぜなら、草原で大声で唸ったり激しく動き回ると、猛獣に見つかってしまうからです。