連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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私たちの脳は、もともとモノリンガル仕様であることが分かりました。それなのに、そもそもどうやってバイリンガルになっているのでしょうか? 実は、ある脳の機能を流用していることが考えられます。ここから、その機能を2つご説明しましょう。
①言語能力の予備能
1つ目は、言語能力の予備能です。予備能とは、特に臓器における予備の能力を指します。例えば、肺や腎臓は2つあり、片肺や片腎になっても生きてはいけるようにできています。よって、日常的には50%程度しか使っていないことになります。原始の時代には、猛獣に追いかけられたり獲物を仕留めたりして激しい運動をすることが日常的であったため、もっと使っていたでしょう。そのための予備が現代人にも50%あると言えます。肝臓については、実際には30-40%しか使っていないと言われており、60、70%の予備があることが分かります。おそらく、原始の時代は、当然ながら冷蔵庫はなく、常に食中毒のリスクがあるため、それでも解毒して生存するために肝臓は進化したのでしょう。
臓器と同じように、言語能力(脳)もある程度の予備能があることが想定されます。その理由として、音声言語が使われるようになったのは約20万年前で、機能としては新しくて予備能がなさそうですが、サイン言語はチンパンジーも使っており、機能としては実はかなり古いからです。さらに人類は歌によるサイン言語も使っていたことを想定すると、日常的に歌わなくなった私たちはその分の予備能があると考えることができます。
なお、歌によるサイン言語の起源の詳細については、以下の記事をご覧ください。
この予備能を流用して、外国語の学習を可能にしているのです。ただし、この言語の予備能は、体の臓器ほどはなさそうです。実際に、スペイン語を母語としてスウェーデン語を第2言語とするスウェーデン在住10年以上のバイリンガルの調査(*1)で、8歳までに学習を開始した24人(性別や学歴などの要因の統制後)について、バイリンガルテスト10項目のうち満点だったのは平均6.3項目でした。単純に考えると、スペイン語の理解度を10(母語なのですべて満点と想定)としてスウェーデン語を6.3とすれば、言語の予備能は6.3÷(10+6.3)=約40%であると推定できます。
また、この24人のうち、10項目とも満点という完全なバイリンガルはわずか3人であり、逆に2項目しか満点がとれなかった人が2人いることから、言語の予備能は、臓器と同じようにかなりの個人差があることが推定できます。前回(2023年9月号)、言語能力を消化酵素に例えたように、母語だけでなく外国語も含んで2言語、3言語とどんどん消化吸収できる人もいれば、母語でだけお腹いっぱいという人もいるというわけです。
②学習言語能力
2つ目は、学習言語能力(CALP)です。前回(2023年9月号)にも登場しましたが、これは、読み書きを通した抽象的で応用的な語彙力です。一方、具体的で基礎的な語彙力は生活言語能力(BICS)と呼ばれています。先ほどの予備能においての言語能力は、厳密には、この生活言語能力を指しています。生活言語能力が言葉を丸ごととらえて感覚的(暗示的)に理解する機能であるのに対して、学習言語能力は、言葉を細かく分けて認知的(明示的)に理解するための機能と言い換えられます。つまり、言語の量と質の違いです。
8歳以降に発達していくこの学習言語能力によって、国語の読解力(読字)や作文(書字)、より複雑な計算(算数)が可能になるのです。そして、この学習言語能力は英語の学習にも流用することができます。例えば、アルファベットの文字を使って視覚的に覚えること、類似性や語源から語彙を類推して増やすこと、基本構文のパターンを覚えることなどです。
ただし、この学習言語能力は読み書きとの相性(互換性)は良いですが、聞く話すとの相性は良くないです。例えば、丸ごと英語を理解するのではなく、日本語にいちいち翻訳して理解しようとするので、会話にはなかなかついていけなくなります。
また、この学習言語能力による学習は、生活言語能力と違って忘れやすいです。使い続けないと、使えなくなってしまいます。ちょうど、試験勉強で覚えたことが、日常生活や仕事で使うことがなければ、すっかり忘れてしまうのと同じです。
私たち親世代(1990年生まれ以前)のほとんどが中学校(12歳)から英語教育を受け始めました。すでに生活言語能力の敏感期を過ぎているために、仕方なくこの学習言語能力だけを使って何とか英語を学習したわけですが、大人になって使うことがなければ、悲しいことに英語の読み書きさえほとんどできなくなってしまうというわけです。
なお、生活言語能力は12歳までに敏感期が終わり、忘れにくいので脆弱性がないのに対して、学習言語能力は8歳以降に敏感期が始まり、忘れやすいので脆弱性があるという違いがあります。この点で、生活言語能力は意味記憶、学習言語能力はエピソード記憶とそれぞれ重なります。生活言語とは、まさに日常生活で生きて行くための意味記憶そのものです。一方、学習言語能力は、その意味記憶をもとに、一連のストーリーをつなぎ合わせるエピソード記憶を使って、その経験(学習)からものごとの仕組みやルールをつなぎ合わせて体系化することであると言えます。意味記憶とエピソード記憶の詳細については、以下の記事をご覧ください。
ちなみに、生活言語能力は、人類が部族社会をつくり始めた約300万年からサイン言語によって急速に進化し、約20万年前から音声言語によって現在の形になったと考えられます。一方、学習言語能力は人類が貝の首飾りを信頼の証とするようになった約10万年前から認知能力として発達していったと考えられます。