連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2024年12月号 映画「ミスト」 ドラマ「ザ・ミスト」【後編・その4】実は躁うつ病から進化したの!?―統合失調症の起源

統合失調症は躁うつ病からどうやって生まれたの?

統合失調症の起源は抽象的な思考が可能になった約10万年前であるとその2でご説明しました。その後に人類がアフリカから大規模な拡散を始めたのは、約7万年前です。

よくよく考えると、発症率をはじめ統合失調症の特徴は世界共通であることから、約7万年前にはすでに統合失調症は現在の形に「完成」されていたことになります。だとしたら、統合失調症は10万年前から7万年前の3万年間で進化したわけですが、単独で進化するには期間があまりにも短すぎます。

一方で、先ほどの示した統合失調症と共通点の多い躁うつ病の起源は、ランク理論(社会的地位理論)から、少なくとも人類が部族をつくるようになった約300万年前と推定できます。ランク理論の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【ランク理論(社会的地位理論)】

以上を踏まえると、統合失調症の進化には躁うつ病という土台(前適応)があった、つまり統合失調症は躁うつ病から進化したという仮説を立てることができます。名付けて、統合失調症の「躁うつ病起源説」です。

それでは、統合失調症は躁うつ病からどうやって生まれたのでしょうか? 次は、先ほどの経過の共通点と相違点から、大きく3つの段階で進化精神医学的に解き明かしてみましょう。なお、前適応の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【前適応】


①躁状態から敏感さが生まれた

ランク理論を踏まえると、約300万年前から人類は、躁状態によって「ボスザル」になり上がる種が現れていたでしょう。躁状態では、ハイテンションになり、興奮して怒りっぽくもなります。この易怒性は、躁状態の診断基準の1つです。そこから、被害的にもなりやすいことは容易に想像できます。これが、被害妄想の起源です。つまり、躁とは何かに敏感でもあるわけです。

1つ目の段階は、躁状態から敏感さ(過敏性)が生まれたことです。分かりやすく言えば、過敏さは躁状態という「エンジン」によって生まれたということです。躁状態が、意欲だけでなく、思考や知覚、そして自我意識まで広がって活性化するイメージです。思考の過敏さは妄想、知覚の過敏さは幻覚です。ちょうど、ドラマ版のナタリーが動物と会話する状況が当てはまります。これは、精霊信仰(アニミズム)の起源でしょう。

また、自我意識の過敏さは作為体験です。これは、自分を意識する感覚が過剰なると、自分ではない誰かが自分を意識している、つまり見られている感覚やコントロールされている感覚になることです。そして同時に、ないものをあるかのように感じて想像する能力でもあります。これが、いわゆる霊感(超越的な存在の実感)の起源です。

ちょうど、ドラマ版で登場人物たちが「あの霧は私のことを知っている」と言い出し、霧の中で操られるシーンに重なります。もちろん、これはドラマの設定上の霧の仕業という演出ですが、あたかも作為体験のように描かれている点が興味深いです。

なお、統合失調症の敏感さやそのメカニズムの詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【統合失調症の敏感さ(過敏性)】


>>【統合失調症の敏感さのメカニズム(サリエンス仮説)】

実際の臨床では、躁状態(躁うつ病)による興奮と幻覚妄想状態(統合失調症)による興奮は、区別できないことが多いです。これらがそれぞれ極端になった病態は同じく緊張病と呼ばれます。また、統合失調症と躁うつ病が合併した病態として、統合失調感情障害もあります。

一方、幻覚妄想状態が一時的にだけ出てくる病態として、急性一過性精神病性障害があります。また、幻覚がなく妄想だけが出てくる妄想症という病態もあります。そして、明らかな幻覚や妄想がなく、もともと霊感が強いだけの統合失調型パーソナリティ障害という性格特性もあります。これらは、神のお告げを繰り返し聞くこと(幻聴)がないため、それができるリーダー(統合失調症)には負けるしょう。

そして、これらの病態は、統合失調症ほど「集団統合機能」として完成されていないからこそ、統合失調症のリーダーとの対立を引き起こさず、そのリーダーのフォロワーとしてサポート的な「集団統合機能」を発揮したでしょう。これら全ての病態を合わせて、統合失調症スペクトラム障害と呼んでいます。

★グラフ2 統合失調症スペクトラム障害

なお、統合失調症にまで発症していなくても、統合失調症スペクトラム障害の人がリーダーになる方法が、実はありました。それは、外的な影響(ストレス因子)によって、一時的に幻覚妄想状態になること、いわゆるトランスを繰り返すことです。例えば、古くから多くのシャーマンがわざわざ幻覚作用のある毒キノコを食べて幻覚状態になっていたのは、このためです。また、夜通し同じお経(歌)を唱え続けたり、同じ仕草や振り付け(ダンス)を繰り返すのも、このためです。この時、疲れ果てて身体的なストレスから幻覚状態(せん妄)を引き起こしていました。これらは、原始の時代に、幻覚状態(統合失調症)になりきれない場合の「裏技」として発明された行動様式と解釈することができます。

さらに、リーダーだけでなく、フォロワーもいっしょに毒キノコを食べたり、いっしょにお経(歌)や振り付け(ダンス)をすることで同調効果が高まり、集団がよりまとまったでしょう。

②抑うつ状態から鈍感さが生まれた

躁状態の「エンジン」は、アクセル全開で過敏性を生み出したわけですが、循環性であるため、一定期間で抑うつ状態というブレーキがかかります。つまり、敏感の真逆の鈍感にもなります。

2つ目の段階は、抑うつ状態から鈍感さが生まれたことです。鈍感さとは、陰性症状として、感情鈍麻、無為自閉、認知機能障害などがあげられます。これらは、抑うつ状態の抑うつ気分、興味・喜びの減退、思考制止に似ています。

③敏感さが止められない状況で残遺症状が生まれた

躁うつ病に残遺症状がないことから、もともと統合失調症も残遺症状がなかったでしょう。しかし、躁状態の「エンジン」から生まれた敏感さは、特に部族の危機が解決せずにリーダーシップを続ける必要がある状況では、ブレーキがかかりにくくなったでしょう。つまり、鈍感になるという休息ができない状況です。その代償が、脳の過活動による脳細胞の消耗です。簡単に言えば、「脳細胞の過労死」です。

3つ目の段階は、敏感さが止められない状況(社会環境によるストレス)で残遺症状(後遺症)が生まれたことです。逆に、そのストレスがなければ、スムーズに陰性症状(鈍感さ)の時期を迎え、残遺症状は目立たないでしょう。これは、回復率への影響因子としてすでにその3でご説明しました。

実際に、かつてのアフリカのヌアー族という未開の部族社会についての調査研究によると、当時にやってきたヨーロッパ人やアラブ人たちの脅威によって、部族の団結を精力的に促す預言者(シャーマン)が出てきた一方、奇行が目立つ預言者(シャーマン)も出てきたとの報告がされています(*12)(*13)。まさに、この部族の危機は、その3でご説明した先進国や都市部の生活環境のストレスに重なります。

つまり、統合失調症の残遺症状については、うつ病と同じく社会環境によるストレスの要素が大きいと言えます。そして、この残遺症状が繁殖成功率を下げる要因にもなっているでしょう。

★グラフ3 統合失調症の経過