連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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倦怠期によるリスクは、不倫、母子密着、嫁姑問題であることが分かりました。それでは、なぜ倦怠期になるのでしょうか? ここから、その原因を大きく3つあげてみましょう。
①不安的なコミュニケーションスタイル-愛着スタイル
1つ目は、不安的なコミュニケーションスタイルです。コミュニケーションスタイルとは、発達心理学的に言うと、愛着スタイル(ストレンジ・シチュエーション法による)です。ここから、登場人物を3つの愛着スタイルに分類してみましょう。
なお、ストレンジ・シチュエーション法とは、乳幼児を親との分離・再開や知らない人(ストレンジャー)との面会という新規な状況(ストレンジ・シチュエーション)にあえてさらして見られる反応を3つのタイプに分類する実験手法です。
a. ガミガミ型-不安型
真弓は、夫婦関係のストレスに対して過敏に反応し、秀明にたびたび激怒しています。太郎は、先回りして自分の言いなりになることを綾子にしつこく確認しています。このように、夫婦関係で強い側の真弓や太郎はガミガミ言っています。
1つ目は、ガミガミ型です。愛着スタイルで言うと、不安型です。これは、乳幼児が、親との分離のあとに泣き出しますが、親と再会しても怒りから泣き止まない反応をすることです。この原因は、親の愛情が気まぐれで一貫していないことが示唆されています。真弓の父親が不倫をしていたことから、母親はその苦労で情緒不安定だったことが描かれています。
ちなみに、臨床的には、反応性愛着障害脱抑制型(脱抑制型対人交流障害)につながります。この詳細については、関連記事1をご参照ください。
b. ヘコヘコ型-回避型
秀明は、激怒する真弓に、顔色を伺ったり、話を逸らしたり、急に作り笑いをして立ち去るなど、向き合おうとしません。綾子は、太郎のモラハラに、笑顔で全て受け流しています。このように、夫婦関係で弱い側の秀明や真弓はヘコヘコしています。
2つ目は、ヘコヘコ型です。愛着スタイルで言うと、回避型です。これは、乳幼児が、親との分離のあとに泣き出さず、親との再会でよそよそしい反応をすることです。この原因は、親の愛情が一貫して乏しいことが示唆されています。綾子の実家は、もともと綾子に対して冷たかったことが描かれています。なお、後半の綾子は、秀明に執拗に迫っていく点で一見不安型にも見えますが、秀明と同棲を始めると、それ以上の距離を縮めようとしなくなる点で、やはり回避型と言えます。ただし、回避型も、根っこの心理は不安です。不安を不安としてそのまま過剰表出するのが不安型であり、不安を抑制しているのが回避型とも言えます。
ちなみに、臨床的には、反応性愛着障害抑制型につながります。この詳細については、関連記事2をご参照ください。
c. どっしり型-安定型
カレー屋の店主の圭介は、真弓の話も秀明の話も親身に聞き、暖かみがあります。離婚歴があるというのは意外ですが、不安型の真弓に思いを寄せていたことが判明した点で、世話焼きの性分(共依存)から前妻が依存的になりすぎて結婚生活がうまくいかなった可能性を想定できます。圭介は、相手をそのまま受け止め、体格と同じく、内面的にもどっしりしています。
3つ目は、どっしり型です。愛着スタイルで言うと、安定型です。これは、乳幼児が、親との分離の後に泣き出しますが、親との再会で速やかに泣き止む反応をすることです。この原因は、親の愛情が一貫して注がれていることが示唆されています。
以上から、どっしり型が安定したコミュニケーションスタイルであるのに対して、ガミガミ型とヘコヘコ型は不安定なコミュニケーションスタイルであることが分かります。これらの3つのコミュニケーションスタイルの組み合わせによる倦怠期のリスクを表1にまとめてみましょう。
例えば、夫婦の一方がどっしり型の場合は、たとえもう一方がヘコヘコ型やガミガミ型であったとしても、その包容力によって夫婦関係としては概ね安定することが分かります。ヘコヘコ型×ヘコヘコ型の組み合わせの夫婦関係は、夫婦げんかがあまり起きないので、表面的にはうまく行っているように見えます。ただし、お互いに距離が縮まらずに絆自体は深まっていないです。いわゆる仮面夫婦です。ちょうど、同棲していた時の秀明と綾子がそうでした。よって、子どもの不登校やリストラなどの夫婦関係以外のストレスによってリスクが顕在化します。ガミガミ型×ガミガミ型の夫婦関係は、お互いに攻撃し合って疲弊するので、早い段階でリスクが高まるでしょう。
②男女の脳機能の違い-システム化と共感性
2つ目は、男女の脳機能の違いです。太郎は、理屈っぽいです。秀明は、真弓とは話し合いができないから最初から話をしないと割り切る理屈があります。このように、男性は、原因と結果の因果関係である論理(システム)や結果そのものに重きを置く心理があります(システム化)。この心理の詳細については、関連記事3をご参照ください。
一方、真弓は、感情に任せて言いたいことを言います。綾子は、感情に従って、しつこく秀明に迫ります。このように、女性は、感情や関係性(プロセス)に重きを置く心理があります(共感性)。この心理の詳細については、関連記事4をご参照ください。
このような男女の脳の働きの違いから、男女はなかなか分かり合えないという現実があります。特に、共感性のとても高い妻が、共感性のとても低い夫に対して、気持ちが通じないためにストレス状態になるのは、ギリシア神話の登場人物にちなんでカサンドラ症候群と呼ばれています。
一方で、システム化がとても高い夫が、システム化のとても低い妻に対して、理屈が通じないためにストレス状態になることも同じようにあります。ただし、この状態にはまだ特に名前が付けられていません。よって、この記事では、「逆カサンドラ症候群」と名付けます。ちなみに、名付けがまだされていない理由としては、おそらく、このストレス状態にある多くの夫が、秀明のように理屈が通じないことを理屈で理解してあきらめているため、その不満を妻ほど表立って表出しないからでしょう。この点から、男性に多い不安定な愛着スタイルは回避型であるのに対して、女性に多い不安定な愛着スタイルは不安型であるとも言えるでしょう。
③男女の社会的な役割の違い-ジェンダーギャップ
3つ目は、男女の社会的な役割の違いです(ジェンダーギャップ)。これは、秀明や太郎が外で働き、真弓や綾子が家で家事や育児をしていることです(性別役割分業)。これには、さらに3つのポイントがあります。
1つ目は、お互いに関心がなくなることです。例えば、分業によって、必然的に夫婦がいっしょに生活する時間が少なくなります。そして、お互いにやっていることの大変さが見えなくなり、ますます分かり合えなくなります。心理学的には、同じ格好をする、同じ行動をする、同じ考えをすると相手への親近感が高まることが分かっています(同調性)。逆に言えば、別々のことをしていれば、それだけ心が通じ合えなくなるというわけです。もはや夫はATM、妻は家事代行サービス兼ベビーシッターにそれぞれなり下がってしまいます。
2つ目は、助け合いを避けるようになることです。例えば、最初は分業がうまくいっていても、子どもができる(または増える)、夫がリストラされる、親の介護が必要になる、夫婦のどちらかが病気になるなど、結婚生活で状況が変わることはいくらでもありえます。この時、分業にとらわれていると「家事育児をちゃんとしない妻が悪い」「稼ぎがない夫が悪い」「先にルールを破ったあなたが悪い」という心理が働くからです。分業は、結婚生活を維持するための手段であるはずが、目的そのものになってしまい、逆に結婚生活を維持できなくなる危うさがあります。
また、分業が長い期間続くことで、ますます夫は家事育児に抵抗を感じるようにもなるからです。これは、専業主婦を長らくやっている妻が再就職に抵抗を感じるのと同じです。
3つ目は、上下関係ができやすくなることです。例えば、「誰のおかげだ?」と言う太郎のセリフのように、稼いでいる側(夫)が稼いでいない側(妻)よりも、偉そうに振る舞い、夫婦の決定権を握ることです。そのわけは、稼いでいない側が経済的に自立していないことで離婚した場合に経済的に困難になるリスクを稼いでいる側が見透かし、その足元を見るようになるからです(モラルハザード)。
こうして、「頼れる夫」「尽くす妻」というステレオタイプ、いゆわる「男尊女卑」が揺るぎないものになっていきます。もちろん、この逆パターンもあります。ワーキングママが専業主夫に対して「私が働いてんのよ」といびることです。かかあ天下型は、「頼れる夫」というあるべき形(ステレオタイプ)ではないことへの夫の葛藤があります。一方、亭主関白型は、「尽くす妻」というあるべき形(ステレオタイプ)が行きすぎていることへの妻の葛藤があります。
さらには、この「頼れる夫」は、モラルハラスメントのリスクを高めます。これは、妻が言いなりになるため、夫がやりたい放題になることです。例えば、家計が夫の管理下に置かれ、妻が自由に使えるお金の余裕がないことです。また、妻が家事育児の負担を一方的に強いられ、時間や労力の余裕がなくなることです。このリスクは、特に、子どもが1人目、2人目、3人目と増えるごとに高まります。つまり、「頼れる夫」によって「尽くす妻」を強いられることです。これは、もはや奴隷と言えるでしょう。
なお、モラルハラスメントの心理の詳細については、関連記事5をご参照ください。また、「尽くす妻」は、共依存のリスクを高めます。この心理の詳細については、関連記事6をご参照ください。
特に日本は、ジェンダーギャップ指数において世界121位(2019年)です。世界的にも、夫婦が、お互いに関心がなくなり、分業というルールにとらわれ、上下関係ができやすい文化であることがよく分かります。ひと言で言えば、夫婦の分業は夫婦の分断を招くと言えるでしょう。
1)夫婦という病:岡田尊司、河出書房文庫、2016
2)共感する女脳、システム化する男脳:サイモン・バロン=コーエン:、NHK出版、2005