連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2021年1月号 映画「ザ・サークル」「いいね!」を欲しがりすぎると?-「承認中毒」

なんで承認欲求は「ある」の?

これまで、なぜ承認を欲求するのかという疑問にお答えしました。それでは、そもそも、なぜ承認欲求は「ある」のでしょうか? ここから、承認欲求の心理の起源を、3つに分けて、進化心理学的に探ってみましょう。

①自尊心

約2億年前に哺乳類が誕生してから、子どもはその母親からの乳によって育てられるように進化しました。母親の授乳によって、子どもは特定の相手とつながりたいという感覚が生まれます。これが、愛着の起源です。この愛着が高まるのは、愛情を注ぐ母親(人類では父親も)と愛情を浴びる子どもの脳内のオキシトシンが連動して活性化する時であることが分かっています。子どもは、親から無条件に守られていることによって、無条件に自分は大切にされていると感じるようになります。これが、自己肯定感の起源です。

約700万年前に人類が誕生し、夫婦が性別役割分業によって助け合うようになりました。約300万年前にアフリカの森からサバンナに出てから、家族を中心とする親族同士で助け合い、部族(集団)をつくるようになりました。すると、オキシトシンは、親子や夫婦の愛着だけでなく部族の絆を強める役割も果たすようになりました。こうして、人類は助け合うという条件付きで自分は大切にされていると感じるようにもなります。これが、自己有用感の起源です。

1つ目は、自尊心(自己有用感)です。なお、この自己有用感と自己肯定感を合わせて自尊心(自尊感情)と言います。2つとも自分は大丈夫と感じる安心感という点では同じですが、自己有用感が他人の評価による条件付きの安心感であるのに対して、自己肯定感はあくまで自分自身の評価による無条件の安心感であるという点で違います。全体的な関係性については、以下の表1をご参照ください。

★表1 自尊心とは

②自信

約300万年前に人類が部族で助け合う仲間であると認識したときに、ドパミンが活性化して心地良く感じるようにも進化しました。これが、社会的報酬の起源です。「好きだから助け合える」とよく言われます。しかし、社会的報酬の心理メカニズムを踏まえると、逆です。むしろ「助け合うと思うから好きになる」のです(魅力の返報性)。こうして、人類は仲間から役に立つと認められていると感じるようになります。これが、自己効力感の起源です。

2つ目は、自信(自己効力感)です。

③仲間意識

約300万年前に人類が部族(集団)で一致団結したとき、オキシトシンとドパミンが活性化するように進化しました。そして、部族内で立場的に弱い人が強い人に、そして少数派が多数派に合わせるようになります。これが、同調の起源です。

3つ目は、仲間意識(同調)です。

このように、承認による自尊心、自信、仲間意識の働きによって、部族として生き残り、子孫を残しました。つまり、承認欲求が「ある」のは、生存や生殖に適応的だったからである言えるでしょう。

★グラフ1 承認欲求の起源

なんで承認欲求は高まっているの?

これまで、なぜ承認欲求は「ある」のかという疑問にお答えしました。それにしても、なぜ承認欲求は高まっているのでしょうか? 今度は文化心理学的に考えてみましょう。

約20万年前に現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生し、喉(のど)の進化によって、複雑な発声ができるようになり、言葉を話すようになりました。そして、約10万年前には、言葉によって抽象的思考ができるようになってから、信頼の証(承認)として貝の首飾りをプレゼントするようになりました。

約5千年前に貨幣が発明されてから、感謝の証(承認)としてお金を支払うようになりました。実際に、お金関係の多くの漢字、例えば、「財」「贈」「買」「貧」などの部首に「貝」があるのは、貝の首飾りに由来していると考えられます。こうして、単純にお金が増えることが、承認欲求を満たすことになっていました。

そんな中、ついに2000年代になり、SNSという新たな「承認装置」が発明されてしまいました。ここから、その特徴を3つあげてみましょう。

①承認が数値化される

1つ目は、承認が数値化されることです。それまで、承認は、言葉、手紙、報酬金などの形に限られていました。ところが、SNSによって、承認が「いいね!」数、フォロワー数、再生回数、コメント数などがリアルタイムで細かくカウントされるようになりました。

このような刺激によって、承認欲求がますます高まっていくのです。

②承認が簡便化される

2つ目は、承認が簡便化されることです。それまで、承認は、わざわざ面と向かって言葉にしたり、文章にしたり、金品を渡すなどの形に限られていました。ところが、SNSによって、承認がクリック1つでできるようになりました。

このようなお手軽さによって、承認欲求がますます高まっていくのです。

③承認が公表化される

3つ目は、承認が公表化されることです。それまで、承認は、口コミなどの評判や公の場で表彰されるなどの形に限られていました。ところが、SNSによって、承認が誰でも見えてしまうようになりました。そして、その承認の数を見比べられるようになり、社会に根付くようになりました。例えば、それがカスタマーレビューの星の数です。この数が多いだけでますます選ばれ、少ないだけでますます選ばれなくなってしまいます。

このような比較によって、承認欲求がますます高まっていくのです。

なお、承認の逆は、バッシングです。SNSの時代、「承認中毒」と並んで注目されているのが、バッシングによる「正義中毒」です。この詳細については、以下をご参照ください。

>>【「正義中毒」】

承認欲求にどうすればいいの?

承認欲求が高まっている原因は、SNSという画期的な「承認増幅装置」が発明されてしまったからであることが分かりました。そもそも私たちの承認欲求は、約300万年間の進化の歴史によって最適化された心(脳)によるものです。そんな私たちの心(脳)は、SNSという「劇薬」によって簡単に「中毒症状」が出てしまうと言えるでしょう。それでは、そんなSNSによる劇的な社会構造の変化の中、私たちは承認欲求にどうすればいいでしょうか? メイの幼なじみのマーサーの生き方を参考に、対策を3つあげてみましょう。

①自分の生き方を受け入れる-自己受容

マーサーは、メイから「(SNSで)社交的じゃないなら救いようがないわ」と言われて、「おれは十分社交的だよ。こうやって話してるじゃないか」と言い返します。マーサーは、SNSとは距離をとり、素朴に生きることを納得してブレていないです。

1つ目は、自分の生き方を受け入れることです。これは、メイのような他人の承認による自己有用感ではなく、自分の承認、つまり自己受容による自己肯定感によって、自尊心を安定させることです。すると、他人の承認に惑わされなくなるでしょう。その具体的な取り組みとして、マインドフルネスがあげられます。この詳細については、以下をご参照ください。

>>【マインドフルネス】

②自分の生き方を目指す-自己実現

マーサーは、メイから「秘密のハイキングコースを(SNSの)みんなに教えてあげて」と言われて、「そんなことをしたら、自然破壊だよ」と言い返します。マーサーは、自然を愛し、のこぎりと木で物を作ることを生業にしています。彼がいる山小屋には作品の材料がたくさんありました。

2つ目は、自分の生き方を目指すことです。これは、メイのようにただ承認されることではなく、本当は自分がどうなりたいか、つまり自己実現を一番に考えることです。すると、他人の承認に惑わされないなくなるでしょう。その具体的な取り組みとして、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)があげられます。この詳細については、以下をご参照ください。

>>【アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)】

③自分に必要な人間関係を選ぶ-質的な承認

マーサーは、メイに「昔は自然の中でいっしょに大冒険をしたのに。今はフィルター越しでしかきみと会えない」「きみの(SNSの)世界の一部になりたくない」と言い切り、別れを告げます。マーサーは、メイと価値観が合わなくなったと悟ったのでした。

3つ目は、自分に必要な人間関係を選ぶことです。これは、メイのように誰とでもつながる表面的で薄い人間関係ではなく、特別で深い人間関係を見極めることです。つまり、量的な承認ではなく、質的な承認です。すると、承認の数に惑わされなくなるでしょう。その具体的な取り組みとして、対人関係療法があげられます。

★表2 承認欲求の心理

ザ・サークルとは?

「サークル」とは、映画の中の企業名でしたが、もともと「仲間の輪」という意味合いがあります。ストーリーの後半でメイは、「全人類がサークル社に加入し、1つにつながる」という壮大なプロジェクトのリーダーになります。そんな「仲間の輪」が広がった世界はどんなものでしょうか? それは、人々が、周りの目ばかりを気にして自分がなくなり、見せかけばかりを気にして中身がなくなり、調子を合わせてばかりで自由がなくなる窮屈なムラ社会でしょう。

この「仲間の輪」の危うさに気づいた時、私たちは、より良い承認欲求のあり方を理解することができるのではないでしょうか?

参考文献

1)「承認欲求」という呪縛:太田肇、新潮新書、2019
2)「Z世代」若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?:光文社新書、2020
3) 承認をめぐる病:斎藤環、ちくま文庫、2016