連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2021年3月号 アニメ「インサイドヘッド」なんで悲しみは「ある」の? どうすれば?【感情心理学】

④ムカムカ-嫌悪

ムカムカのイメージカラーは緑。彼女は、おしゃれで小生意気。よく「キモい!」と言っています。幼いライリーが初めてブロッコリー(吹き替え版ではピーマンに変更)を食べさせられるとき、ムカムカはその見慣れない形を見て感情操縦デスクのボタンを押します。すると、ライリーは吐き出すのです。

ムカムカの役割は、ライリーを嫌な気持ちにさせることです。感情心理学的に言えば、これは、適度に回避する感情であるムカつき(嫌悪)です。完全に回避する恐怖ほど危険ではない対象や状況に対して一定の距離を取る感情です。例えば、それは、まずい味、糞尿、病気、死骸から、よそ者、不倫、犯罪などへと広がっていきます。

一方、ムカムカの欠点は、行きすぎると、食わず嫌い、潔癖、差別を招くことです。例えば、ライリーが新しい学校のイケてる女子たちを見たとき、ムカムカは「こっちから話しかけちゃだめ。話しかけられるのを待つの」と言います。

ムカムカの表情は、目、鼻、口を閉じ気味の態勢を取っています。この表情(しかめっ面)の起源は、太古の昔に哺乳類が毒物や悪臭が目や鼻や口に入らないようにしていた行動まで遡ります。そして、原始の時代の人類からは、物質的な毒(まずさ)だけでなく、社会的な毒(気まずさ)にも反応するようになったです。

なお、嫌悪(バッシング)の起源の詳細については、以下の記事をご覧ください。

>>★【嫌悪(バッシング)の起源】※2020年2月号 CM「苦情殺到!桃太郎」【前編】

⑤カナシミ-うつ

カナシミのイメージカラーは青。彼女は、いつもうつむき加減で、動きはゆっくり。そして、「失敗してばかり。私って最低」とぼそっと言います。ライリーが転校先の教室で自己紹介をしている時、楽しかったミネソタの思い出をがんばって語る中、急に泣き出してしまいます。それは、カナシミがミネソタでの楽しかった思い出ボールを勝手に触り、金色から青色にしていったからです。

カナシミの役割は、ライリーを悲しい気持ちにさせることです。感情心理学的に言えば、これは、行動にブレーキをかける感情である悲しみ(うつ)です。果たしてこの感情は必要なのでしょうか? むしろこれは、欠点そのもののように思えてしまいます。しかし、ラストシーンでカナシミの真の役割が判明します。

ライリーは、引っ越してからずっとパパとママに気を遣い、悲しい気持ちを押し殺してきました。そして、それに堪えられなくなり家出をします。それは、ヨロコビとカナシミが特別な思い出ボールといっしょに吸飲チューブに吸い込まれ、ビビリとイカリとムカムカを残して司令部から放り出されてしまった事件にリンクします。あんなに素直で明るかったライリーは、ビビリやムカムカによって心を閉ざし、イカリによって突然キレるむっつりした女の子になってしまったのです。

そして、最後にヨロコビとカナシミが司令部に戻った時、ムカムカが「ヨロコビ、何とかして!」と切羽詰まった声をあげます。私たちも同じ気持ちになっていました。ところが、ヨロコビは、「カナシミ、これを切り抜けるかは、あなたにかかっている」と言い、カナシミを感情操縦デスクの前に押しやるのです。すると、ライリーは寂しくなり、ミネソタ行きの夜行バスを飛び降りて家に帰るのです。そして、家でパパとママに会った瞬間、「私、ミネソタが恋しいの」「パパやママは私に明るく前向きでいてほしいんだろうけど、ミネソタの友達に会いたい。ホッケーチームに戻りたい。あの家に戻りたい」と泣きながら素直に打ち明けます。そんなライリーをパパとママは抱き寄せて、「私たちもミネソタが大好きだよ」と話し始めるのです。

つまり、カナシミの真の役割は、何かを失ったときに周りからサポートを引き出すことです。そのサポートとは、共感などの心理的なサポートだけでなく、学校と連携して保健室などの居場所の確保をするなどの物理的なサポートや、場合によっては心理療法を受けるなど経済的なサポートもあるでしょう。カナシミの役割は、決してライリーを不幸にすることではないです。この点で、カナシミはヨロコビと対極にあり、陰のリーダーとも言えるでしょう。

カナシミの表情は、眉がハの字になり口角が下がり、ときに涙や嗚咽を伴います。この表情(泣き顔)の起源は、太古の昔に人類が、仲間同士で助けを求めるために、目や口に砂などの異物が入っているのに取り除けずにひざまずいて弱っている様子(結果的に涙や嗚咽が出る様子)を見せていた非言語的コミュニケーションであることが考えられます。実際に、眉をハの字にして目を細めると、笑ったりあくびをするときと同じように、眼球が圧迫され、反射的に涙が出やすくなります。

ちなみに、人類以外の動物については、その助け合い(協力行動)が極めて限定的であるため、涙の役割は、もっぱら目を乾燥や細菌から守ったり(基礎分泌)、砂などの異物を洗い流すためにあり(反射分泌)、悲しみを伝えること(感情性分泌)は考えにくいでしょう。

なお、悲しみ(うつ)の起源の詳細については、以下の記事をご覧ください。

>>★【悲しみ(うつ)の起源】※2015年9月号 ツレがうつになりまして。

⑥ビックリ-注意喚起

最後に、この作品で登場していない6つ目の基本感情があります。名付けるとしたら、ビックリでしょう。イメージカラーを付けるとしたら、頭が真っ白になることを連想して、白でしょう。この作品では、ビックリの役割をビビリやヨロコビが掛け持ちして取り込んでいます。

ビックリの役割は、感情心理学的に言えば、新奇な対象や状況に遭遇した瞬間に注意力を高める感情である驚き(注意喚起)です。この感情は、一瞬だけ働き、速やかに恐怖や幸福に取って替わります。

ビックリの表情は、目が大きく開き、口は半開きで息を吸い、叫び声を伴うこともあるでしょう。この表情(あんぐり顔)の起源は、太古の昔に哺乳類が、新奇な対象や状況をよりよく見て、十分に息を吸って次の行動にすぐに移れる準備をする状態に遡ります。そして、叫び声は、仲間に危険(恐怖)を知らせる役割があることが考えられます。なお、人類のあんぐり顔は、恐怖だけでなく幸福を伝える役割も担うようになっています。

★表1 6つの基本感情の特徴