連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【5ページ目】2021年11月号 映画「そして父になる」【続編・その2】子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?【科学的根拠に基づく教育(EBE)】

癖になりにくいのに家庭環境の影響がある困った「能力」とは? その原因は?

家庭環境とは、現代社会に望ましいながらも癖になりにくい(嗜癖性が弱い)能力を促進する文化的な「アゴニスト」(刺激薬)であると同時に、現代社会に望ましくないながらも癖になりやすい(嗜癖性が強い)「能力」を抑制する文化的な「アンタゴニスト」(遮断薬)であることが分かりました。

ところが、現代社会に望ましくなく、癖にもなりにくいのに、家庭環境の影響が出てしまう、ある「能力」が例外的にあります。それは、統合失調症という心の病です。この遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、81%:11%:8%であることが分かっています。つまり、家庭環境の影響度が10%強と少ないながらあります。これは、なぜしょうか? その原因を、再び進化心理学的に掘り下げてみましょう。

統合失調症の主症状は、幻聴と被害妄想です。このことから、その起源、つまり統合失調症という「能力」が完成したのは、言葉でコミュニケーションをして抽象的に考えるようになった約10万年前であることが推定されます。つまり、統合失調症は、言語理解能力と同じく、新しく出てきた「能力」であるため、嗜癖性は弱いことが分かります。当時から、幻聴は「神のお告げ」として、被害妄想は「神通力」として受け止められ、彼らは社会に溶け込んでいたでしょう。

ところが、18世紀の産業革命によって合理主義や個人主義が世の中に広がっていきました。この価値観によって、その後、この「能力」は病としてネガティブに受け止められるようになりました。つまり、統合失調症は、現代社会で望ましくない「能力」になってしまいました。

ここで、統合失調症の発症に影響を与える家庭環境が浮き彫りになってきます。それは、合理主義的ではない、個人主義的ではない親のかかわりです。これが、10%強の家庭環境の影響度の正体であることが考えられます。例えば、それは、信心深さ、スピリチュアリズム、勘ぐりの激しさなどの合理主義的ではないかかわりでしょう。また、過保護、過干渉、巻き込み、バウンダリー(心理的距離)のなさなどの個人主義的ではないかかわりでしょう。実際に、再発の研究においては、家族による高い感情表出が危険因子としてあげられています。

つまり、統合失調症において家庭環境の影響が出てしまう原因は、このような親のかかわり方が文化的に制限されるまでに至っていないからでしょう。なお、統合失調症の起源の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【統合失調症の起源】

★グラフ3 能力の起源

ちなみに、統合失調症以外の精神障害については、家庭環境の影響が基本的に0%になっています。このことから、統合失調症以外のほとんどの精神障害は、統合失調症が出現する10万年前よりも以前にすでに出現していたことが推定できます。

例えば、自閉症は、男性に多く見られるシステム化という能力の遺伝形質を多く遺伝したため、その効果が強く出た結果と言えるでしょう。自閉症の起源の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【自閉症の起源】

ADHDは、瞬発力(衝動性)という「能力」の遺伝形質が強く出た結果と言えるでしょう。ADHDの起源の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【ADHDの起源】

うつ病は、周りからの援助行動を引き出す「能力」の遺伝形質が強く出た結果と言えるでしょう。うつ病の起源の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【うつ病の起源】

けっきょく家庭環境って何なの?

けっきょくのところ、家庭環境の影響とは、必ずしも親のかかわりの単純な程度でなく、親のかかわりへの子どものそれぞれの能力の反応の鈍さであったり、逆に鋭さであったりするわけです。そして、反社会的行動と物質依存を除くと、家庭環境の影響度の大きさの違いから、その能力がいつ出現したかがだいたい分かってしまうというわけです。そう考えると、家庭環境は、もはや純粋に家庭環境とは呼べないかもしれません。
行動遺伝学においての家庭環境(共有環境)か家庭外環境(非共有環境)かの線引きは、家庭の内か外かという単純な家庭の問題を超えて、どちらにしてもその環境の影響に反応しやすいかどうかという子どもの能力の嗜癖性の問題でもあることが分かります。
進化の歴史の中で、そんな能力の嗜癖性を高めてきた私たちの心は、まさに「癖になる脳」、“addictive brain”と言えるのではないでしょうか?


>>★【続編・その3】どうほどほどに子育てをすればいいの? そして「人育て」とは?【育てるスキル】

※参考図書
1)日本人の9割が知らない遺伝の真実:安藤寿康、SB新書、2016
2)遺伝マインド:安藤寿康、有斐閣、2011
3)認知能力と学習 ふたご研究シリーズ1:安藤寿康、創元社、2021
4)家庭環境と行動発達 ふたご研究シリーズ3:安藤寿康ほか、創元社、2021
5)そして父になる 映画ノベライズ:是枝裕和、宝島社文庫、2013