連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2024年7月号 昔話「うらしまたろう」【その2】隠された陰謀とは? そして精神医学的に解釈するなら?-シン浦島太郎

********
・伝承の心理
・「原田病」(急性びまん性ぶどう膜炎)
・「ウラシマ効果」
・モラハラ気質
・ストックホルム症候群
・中毒(嗜癖)
・ ひきこもり
・ブリーフセラピー
********

前回(その1)は、浦島太郎の3つの謎を紐解きました。それは、おじいさんにならなければならなかった理由、乙姫が開けてはいけない玉手箱をわざわざ渡した理由、そして帰ってきたら数百年経っていた理由でした。さらに、このストーリーには隠された陰謀がありそうです。それは何でしょうか?

前回に引き続き、今回(その2)も浦島太郎を取り上げます。そして、伝承の心理の視点で、現代の精神医学的な解釈に挑戦してみましょう。


>>【その1】なんでおじいさんにならなければならなかったの?なんで数百年経っていたの?-伝承の心理

★表1 浦島太郎の起源

浦島太郎に隠された陰謀とは?

この根拠は、丹後国風土記(713~715年)のすぐあとに書かれた正史である日本書紀(720年)と万葉集(732年前後)です。これらは、同じ8世紀の歴史書であるにもかかわらず、浦島太郎のストーリーのディテールに食い違いがあります。最後に、その違いを3つあげ、その陰謀に迫ってみましょう。

①浦島太郎を体制側の使者にすり替えた

前回(その1)に、丹後国風土記に書かれた「雄略天皇の御代」(5世紀)は、船出した時期ではなく帰ってきた時期、つまり丹後国が衰退した時期の隠喩であることをご説明しました。にもかかわらず、日本書紀ではわざわざ船出の時期が「雄略22年(西暦478年)7月」とさらに限定して書かれています。なぜ付け加えたのでしょうか?

なんと、この「雄略22年(西暦478年)7月」は、ちょうど雄略天皇(大和政権)が宋(中国)に使者を送った時期でした。そしてこの時は、日本書紀で「豊受大神を伊勢に遷座させた」(丹後の神を丹後から追い出した)時期ともされました。つまり、あえてこの時期をピンポイントで限定したのは、その1でご説明した丹後国風土記のミスリードを利用して、反体制側(地方王権)の浦島太郎を体制側(中央政権)の使者にすり替えるという正史の陰謀であったことが示唆されます。

ちなみに、昔話「桃太郎」も、もともとは吉備国の伝説で、登場する鬼は実は反体制側の地域王権であったという説があります(*3)。

②浦島太郎を体制側の舞台にすり替えた

もともと浦島太郎の舞台は「丹後国(京都)」であったのに、万葉集では「住吉(大阪)」になっています。なぜ変えたのでしょうか?

大阪は、大和政権の拠点である奈良盆地から一番近い海です。つまり、反体制側の浦島太郎を体制側の舞台にすり替えるという正史の陰謀であったことが示唆されます。こうして、浦島太郎の舞台が曖昧となり、日本全国、不特定多数に広がってしまったのでした。

③浦島太郎を体制側の老人神にすり替えた

もともと浦島太郎のラストは老人にならなかったのに、万葉集では「若々しかった肌はしわだらけ、黒かった髪も真っ白になり、息も絶え絶えでついに死んでしまった」と書かれ、老人になっています。なぜ書き足したのでしょうか?

老人は、大和政権の成り立ちを伝える「海幸山幸伝説」に登場する「塩筒老翁」(老人神)を連想します。つまり、反体制側の浦島太郎を体制側の老人神にすり替えるという正史の陰謀であったことが示唆されます。それが、やがて御伽草子で仙人のイメージに変わっていったのでした。