【2ページ目】2025年1月号 映画「クワイエットルームにようこそ」【その2】家族の同意だけでいいの?その問題点は?-強制入院ビジネス


医療保護入院の入院費が収入源

担当看護師は、明日香に「料金は一括で払っていただいていますから」と伝えていました。ここから分かることは、当たり前と言えば当たり前ですが、民間の精神科病院は、営利組織でもあります。

2つ目の「法律の抜け穴」は、医療保護入院の入院費が精神科病院の収入源になってしまっていることです。収入を確保するためには、なるべく多くの患者を強制入院させて、改善してもすぐに退院させないようにする必要があります。経営方針の最適解は、医療保護入院の判断基準が曖昧であることを利用して、常に満床、なるべく空きベッドを出さないことです。一方で、任意入院や外来通院では、この経営戦略は使えません。分かりやすく言うなら、犯人が捕まらなくても警察署はつぶれないですが、患者が捕まらないと精神科病院はつぶれてしまうということです。

このような精神科病院で働く精神科医や看護師にも職業倫理や人権意識があることにはあります。しかし、当然のことながら、雇われている立場であり、経営方針に従わないと嫌がらせをされたり、別の理由をつけられて職を追われます。それを見越しているため、忖度したり渋々従っていることも想像できるでしょう。

また、精神保健指定医は国家資格で、更新のために定期的に研修会に参加する必要があります。しかし、これを開催する団体に限っては、主に民間の精神科病院が所属する学会や協会です。国家資格でありながら、国が直接開催するという形をとっていません。申し込みの時に、あえてこれらの団体の名前を表示させて、選ばせる仕組みになっています。いくら便宜的とは言え、このように国家資格の更新に民間の精神科病院の団体の息がかかっているように見えるため、精神科医は資格を無事に更新するため、やはり精神科病院の経営方針に忖度せざるを得ないでしょう。

また、この研修会では、国連の勧告によって「精神障害者の権利の擁護」という言葉が精神保健福祉法に新たに盛り込まれたという事実は説明されるのですが、精神科医(精神保健指定医)はどう具体的に「権利擁護」をするべきかについてはいっさい触れられません。これは、利害関係を考えれば当然と言えば当然です。精神科医たちに本気で人権擁護に取り組まれてしまっては、より多くの患者をより長く入院させられなくなり、精神科病院が赤字経営に陥ってしまうからです。そして、それはけっきょく精神科医たちの職場を失ってしまうことになるからです。

このような構造的な問題は、精神科病院にとって世の中にあまり知られたくない不都合な真実です。

さらにおかしな点は、入院費の支払いを患者本人に請求している点です。入院費は保険診療ではありますが、自己負担があります。映画では、差額ベッド代が一泊2万円の「ブルジョア部屋」に5年間入院している患者がいました。本人が支払うことは、入院中で物理的にも経済的にも不可能です。心理的にも絶対に払いたくないでしょう。そうなると、扶養義務があって、入院に同意した家族が代わりに支払うことになるわけです。しかも、先ほどにも触れましたが、家族が同意を撤回しても医療保護入院は継続可能であるため、支払い義務は続きます。これは、治療契約として明らかに破綻しており、やはりおかしな状況になっています。

ちなみに、もう1つの強制入院である措置入院は、行政命令であるため、警察に留置されているのと同じ扱いで、入院費は完全に公費で、支払い義務はないです。

実際の統計(2023年)では、日本の精神科病院における医療保護入院患者は約13万人で、措置入院患者数は約1600人です。この2つを合わせた強制入院率は、ヨーロッパ諸国の約15倍と、断トツに多いです(*2)。ヨーロッパ諸国には医療保護入院がないことから、単純に考えて、もしも日本も医療保護入院がなくなれば、ヨーロッパ諸国と同じ低い水準の強制入院率になることが推測できます。

しかも、2002年から、もともと増え続けていた任意入院が減り、逆に医療保護入院が増え始め、2023年には倍になっています。このわけは、2002年から診療報酬の高い精神科救急病棟(スーパー救急)が国家的に推進され、その認定要件に強制入院の患者がより多く(その病院の入院患者の6割以上)いることとされてしまったからであることが考えられています。つまり、任意入院になるはずの患者をあえて医療保護入院にしていることが推測できます。このことからも、医療保護入院がいかに都合よく利用されているかが分かります。そして、この状況は、さすがに国としても想定外だったようです。