【5ページ目】2025年1月号 映画「クワイエットルームにようこそ」【その2】家族の同意だけでいいの?その問題点は?-強制入院ビジネス


③強制入院の裁量権が地域社会にも広がるおそれ

映画では、明日香の内縁の夫が、医療保護入院の同意者になっていましたが、実際には法的な夫か血縁関係のある家族である必要があるため、無効であるとその1でご説明しました。明日香の父はすでに他界しており、兄弟はなく、唯一の家族である母とは、絶縁状態でした。

家族がいないだけでなく、明日香のように家族がいても疎遠で「かかわりたくない」との理由で同意も反対もせずに意思表示を示さない場合も、2024年の精神保健福祉法の改正によって、市町村長が同意の可否を判断できるようになりました。これは一見すると、公的な立場が関わるので、入院の要件が措置入院と同じように、より厳正になるのではないかと思われるかもしれません。しかし、「市町村長同意事務処理要領」(*5)を確認する限り、「人権擁護」には触れていませんでした。つまり、市町村長同意は、家族同意の形式的な代行にすぎず、むしろ病院の言いなりになってしまうおそれがあります。市町村は、患者の権利擁護をする立場(アドボケーター)にはなっていないということです(*2)。しかも、それだけではありません。

3つ目の問題点は、強制入院の裁量権が地域社会にも広がるおそれがあることです。核家族化した現代社会では、明日香のように家族と疎遠な人たちがますます増えており、今後に医療保護入院について意思表示を示さない家族がますます増えるでしょう。

この状況は、実質的には市町村同意の権限拡大です。そうなると、まず懸念されるのは、ホームレスです。ホームレスは、生活保護をあえて選ばない、または選ぶことができないくらい判断能力が低いながら、生活能力がぎりぎり保たれているグレーゾーンの人たちです。

ホームレスは、家族がいたとしても、すでにホームレスであることから、基本的に家族とは疎遠です。つまり、逆説的にも、今までのホームレスは、生活に自由はあまりなさそうですが、家族がいても同意も反対もしないために強制入院はさせられないという「自由」がありました。

しかし、その同意か反対かを問う必要がなくなったため、地域住人の要望を受けた市町村がホームレスを地域で取り締まり、精神科病院に連れていくことができます。これは、強制入院についての、地域社会の参入です。

精神科病院としては、衛生的には抵抗があるかもしれません。ただ、実際に認知機能が低下しているという病状があり、入院費は生活保護により公費扱いになるため、断らないでしょう。

ただし、それはホームレスにとって果たして幸せでしょうか? 私たちの価値観からしてみれば、保護されて衣食住が満たされているから、幸せだろうと思うかもしれません。しかし、保護の名のもと「収容」されて、彼らにとっての「自由」がなくなるわけです。本人が望んでいないことを良かれと思って強いるのは、ただの偽善になってしまいます。地域社会の保安という思想が優先されており、そこに人権意識はありません。

なお、ホームレスの自由権の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【ホームレスの自由権】

もっと言えば、地域社会に都合が悪い人は、ホームレスだけではありません。ゴミ屋敷の住人、新興宗教を普及しようとする人、さらには行政や政府を批判して抗議活動をする人です。彼らは社会で望ましいとされる生き方(主流秩序)から逸脱しているため、「ゴミ収集がやめられない強迫症」、「特定の宗教の教義へのこだわりがある発達障害」、そして「行政や政府への被害妄想がある妄想症」という診断のもと、強制入院の対象にされるおそれがあります。つまり、彼らにまで、強制入院の対象が拡大するおそれがあります。明日香が入院していた精神科病院の「クワイエット行き」(隔離拘束をする保護室)が、地域社会で繰り広げられるわけです。

本来、人権侵害のリスクのある権力は厳しく監視するべきなのに、「抜け穴」をさらにつくってしまっては、公安警察がいた戦前に逆戻りです。

★図2 強制入院の裁量権

強制入院ビジネスの不都合な真実とは?

医療保護入院制度の問題点は、強制入院の裁量権が、病院に独占されていること、家族にもあること、今後に地域社会にも広がるおそれがあるということでした。そして、これを可能にしているのが、医療保護入院の判断基準が曖昧で、入院費が収入源になってしまい、審査が形骸化しているという「法律の抜け穴」や、不合理な行政解釈、さらには市町村同意の権限拡大でした。人権擁護が尊ばれる時代の流れに明らかに逆行しており、もはや問題だからです。

このような医療保護入院制度のおかげで、精神科病院は、一大巨大産業であり続けています。これは、関係者たちが世の中に知られたくない、不都合な真実です。名付けるなら「強制入院ビジネス」です。そして、強制入院させられる障害者が、人権侵害という、そのビジネスのツケを払わされ続けているということです。


>>【その3】実はこれが医療保護入院を廃止できない諸悪の根源だったの!?―扶養義務

参考文献

*2 「医療保護入院」p.4-P5、p.41、p.57、p.80:精神医療、批評社、2020
*3 「精神保健福祉法改正に関する学会見解」P2:日本精神神経学会、2022

*4 「「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律等 の施行に伴うQ&A」」P9:厚生労働省社会・援護局 障害保健福祉部精神・障害保健課、2016

*5 「市町村長同意事務処理要領」:厚生労働省、2023

「不都合な真実」ビジネスの関連記事


>>障害年金ビジネス


>>カウンセリングビジネス


>>教育ビジネス


>>幼児教育ビジネス


>>生殖ビジネス