【2ページ目】2025年5月号 記念日「多様な性にYESの日」【その1】なんで性は多様なの?-性スペクトラム

なんで性は多様なの?―性スペクトラム

それでは、なぜ性は多様になっているのでしょうか? 進化の視点から、身体的性、性的指向、性自認、性表現の4つの起源に迫り、その答えを解き明かしてみましょう。

①身体的性の起源―体の性分化の進化

約5億年ちょっと前、海綿のような無脊椎動物が有性生殖をするようになり、オスとメスが誕生しました。実際に、現在のメダカやカエルをはじめとする生物から性決定遺伝子が10種類以上発見されています(*3)。

1つ目の段階は、身体的性の起源、つまり体の性分化の進化です。しかし、脳の性分化はまだ進化していません。

実際の魚の実験(*3)では、未成熟のオスは、成熟したメスといっしょにいても性行動をしません。しかし、このオスは男性ホルモンが与えられると性行動をします。さらに、メスが男性ホルモンを与えられるとオス型の性行動をします。つまり、性的指向は、オスメスどちらにも固定化されておらず、性ホルモン(性腺の性)によって両性的であることが分かります。

なお、魚類や爬虫類の多くは、受精卵の周りの温度によって性別(身体的性)が決まります(*4)。しかし、クロダイやクエのように年齢によって性転換する(身体的性を変える)種、カクレクマノミ(熱帯魚)のように周りの群れとの大きさの違いによって性転換する種もいます(*2)。

つまり、魚類において、身体的性が固定化されていない種もいることから、オスとメスは連続的であり多様であることが分かります。これは、身体的性における性スペクトラムと呼ぶことができるでしょう。

②性的指向の起源―脳の性分化の進化

約3億年前に哺乳類が誕生してY染色体が進化し、約1.5億年前に哺乳類(真獣類)特有の性決定遺伝子(SRY遺伝子)が進化したと推定されています(*4)。この遺伝子によって、胎児期(デフォルト)はもともとメスとして誕生して、遺伝的にメスの場合はそのままメスとして生まれます。一方、遺伝的にオスの場合は、オスにあるY染色体の発現によって自分の精巣から男性ホルモンが分泌され(ホルモンシャワー)、脳を男性化させてオスとして生まれます。そして、この性的指向は一生涯変わることはありません。

2つ目の段階は、性的指向の起源、つまり脳の性分化の進化です。体の性分化だけでなく、脳の性分化にも臨界期があり、出生後の性的指向は固定化されるようになります。

これは、実際のネズミの実験(*2)が根拠になります。この実験では、出生前後(ネズミのホルモンシャワーの時期)に、メスは男性ホルモンを与えられると大人になって性周期(脳活動の1つ)は出てこず、さらに男性ホルモンを与えられるとオス型の性行動をします。つまり、オス型の脳(メスへの性的指向)になります。一方、出生前後にオスは精巣を切除されて男性ホルモンをなくしてしまい、大人になって女性ホルモンを与えられると、性周期が出てきてメス型の性行動をします。つまり、メス型の脳(オスへの性的指向)になります。しかしです。出生前後の時期を過ぎてから、メスが男性ホルモンを与えられても、オスが精巣を切除されて男性ホルモンをなくして女性ホルモンを与えられても、性周期や性行動に変化はありません。

また、先ほど触れた性分化疾患の病態も根拠になります。例えば、遺伝子の異常によって男性ホルモンの受容体がまったく反応しない病態(アンドロゲン不応症)では、男性の場合、胎児期に男性ホルモンが分泌されても体と脳が男性化せず女性傾向になります。性的指向は男性になり性自認は女性になることが多く、その場合の性別は女性とされます。

一方、遺伝子の異常によって男性ホルモンの分泌が副腎皮質から出すぎている病態(先天性副腎過形成症)では、女性の場合、体と脳が男性傾向になります。性別は女性のままとされますが、性自認が男性になる人(トランスジェンダー)が5%(一般人は2%)に増え、性的指向が女性になる人(同性愛)が11%(一般人は3%)に増えています(*6)。

以上を根拠として、体の性分化の不具合がなくても、胎児期に何らかの原因で、男性ホルモンが働かなかった男性の性的指向は男性(同性愛)男性ホルモンが働きすぎた女性の性的指向は女性(同性愛)男性ホルモンが中程度に働いた男性または女性の性的指向はともに男女どちらとも(両性愛)になると考えられています(*5)。なお、性的指向を司る脳部位は前視床下部間質核(INAH)であることが特定されています(*5)。それが何らかの原因で働かない場合、性的指向は男女どちらでもなくなる可能性が考えられます。

つまり、哺乳類において、胎児期の男性ホルモンの量によって性的指向はオスとメスで連続的であり多様であることが分かります。これは、性的指向における性スペクトラムと呼ぶことができるでしょう。