【3ページ目】2026年1月号 NHKドラマ「心の傷を癒すということ」【その3】なんで虐待されると多重人格になるの?-「ニューラルネットワーク分離発達説」

③小さい子どもはその解離性フラッシュバックの世界を生きる
解離性フラッシュバックは意識の前面に出て占有していることから、この解離性フラッシュバックを引き起こすニューラルネットワークは、憑依を引き起こすニューラルネットワークと同じように分離していると考えることができます。この2つの違いは、憑依は宗教儀式(暗示)などによって一時的にしか出現しないのに対して、解離性フラッシュバックは持続して出現することができる点です。
よって、解離性フラッシュバックを引き起こすニューラルネットワークは、その解離性フラッシュバックが出ている(ローカルスリープになっていない)時の新たな日常生活の体験の記憶のニューラルネットワークとはつながっていき、逆にその解離性フラッシュバックが出ていない(ローカルスリープになっている)時の体験の記憶のニューラルネットワークとはつながらずに、人格部分として独立して成長していくと仮定することができます。
3つ目は、小さい子どもはその解離性フラッシュバックの世界をそのまま生きてしまう、つまり解離性フラッシュバックの記憶のニューラルネットワークが人格部分の土台となり、統合されずに独立してしまい、勝手に成長発達してしまうことです。この記事では、これを「ニューラルネットワーク分離発達説」と名付けます。
そして、それぞれの解離性フラッシュバックの出現の時間や頻度によって新たな体験の記憶に差が出てきます。それを考慮すると、かなり成長すれば酒飲みの片岡さんのように成人した人格部分になり、ほとんど成長しなければ幼児言葉を話していた片岡さんのように幼児のままの人格部分になるわけです。よくよく考えると、片岡さんの幼児の人格部分は、成長していないので、当時のトラウマ体験そのままの解離性フラッシュバックであるとも言い換えられます。
一方で、成人期に受けたトラウマ体験のフラッシュバックは、大人の脳がすでに完成されていることから、解離性フラッシュバックになったとしてもそもそも短時間(数秒~数分)であり、さらに恐怖で圧倒されて動けないことがほとんどであるため、その時の新たな体験をする間もなく、人格部分として独立して成長していくことはないわけです。だからこそ、成人期に受けたトラウマ体験によってPTSDや記憶喪失にはなっても多重人格にはならないのです。
実際の画像研究では、大人の多重人格において、トラウマ体験の記憶のない主人格とトラウマ体験の記憶のある人格部分のそれぞれの出現時に、中立的な脚本とトラウマ的な脚本をそれぞれ聞かせたところ、主人格の出現時には脚本の違いによって脳の血流パターンに違いは認められませんでした。また、中立的な脚本を聞かせた人格部分との違いも認められませんでした。ところが、トラウマ的な脚本を聞かせた人格部分の脳の血流パターンに限り、違いが認められました(*2)。このことからも、もちろん多重人格は本人が意図した演技なのではなく、主人格と人格部分のそれぞれ違う脳のニューラルネットワークが交代でローカルスリープになっており、ローカルスリープになっていない(起きている)方が反応していることが分かります。
また、ローカルスリープの極端な例として、イルカや渡り鳥は、大脳半球を交互に眠らせることで、泳いだり飛びながら睡眠をとること(半球睡眠)ができます(*3)。これは、まさに分離脳と同じように、右脳と左脳のそれぞれの「人格部分」(ニューラルネットワーク)として分離しており、それらが交代制で独立して意思決定をして行動をしていることになります。つまり、イルカや渡り鳥は、多重人格の動物モデルと言えます。人間は、イルカや渡り鳥ほどローカルスリープを進化させてはいませんが、幼児期の重度ストレスは人間のローカルスリープを過剰発達させることができてしまうと言えます。







ページトップへ