【1ページ目】2026年1月号 NHKドラマ「心の傷を癒すということ」【その3】なんで虐待されると多重人格になるの?-「ニューラルネットワーク分離発達説」

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・解離性同一症
・人格部分
・乳幼児期のトラウマ体験
・解離性フラッシュバック
・ローカルスリープ
・ストレス脆弱性理論
・トラウマ・スペクトラム
・愛着タイプD
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心のなかに何人かの別の自分がいる・・・いわゆる多重人格は何とも不思議で魅惑的です。急に豹変するその様子には、人と接するのに馴れているはずのメンタルヘルスの関係者でも度肝を抜かれることがあります。そして、実は演技じゃないかと疑ってしまうこともあります。果たして、どうなんでしょうか? なぜ多重人格になるのでしょうか? どのようにしてなるのでしょうか?

この謎を解き明かすために、今回、再びNHKドラマ「心の傷を癒すということ」を取り上げ、多重人格の特徴をご説明します。そして脳科学の視点から、乳幼児の脳の特徴を踏まえて、ある仮説を提唱して、多重人格のメカニズムを解き明かします。

なお、多重人格の現在の正式名称は解離性同一症です。ただ、この記事では、分かりやすさを優先して、このドラマで使われた従来の名称である「多重人格」で表記します。

また、このドラマについての以前の記事(2025年7月号)は、以下をご覧ください。


>>【その2】地震ごっこは人類進化の産物だったの!? だから楽しむのがいいんだ!-プレイセラピー

多重人格の特徴とは?

時は、阪神淡路大震災の直後。精神科医の安(あん)先生は、避難所になっている小学校で診療を続けます。そんななか、安先生はある若い女性を診察するよう頼まれます。彼女の名前は片岡さん。片岡さんの言動から、多重人格の特徴を大きく3つ挙げてみましょう。

①心の中に何人かの別の自分がいる―人格部分

片岡さんは「これ(予診票の作成)で頭痛薬、いただけるんですか?」と弱々しく話します。しかし、その直後に気を失い倒れてしまい、安先生にベッドで寝かされます。そして、しばらく経って起き上がったら、今度は「にいちゃん、ここ酒あんのか?」「酒もないところで休めるかいな」と荒々しく言い放ちます。あまりの豹変ぶりに、安先生は唖然とします。さらに数日後の診察のあと、安先生は、彼女が小学校の玄関先でうずくまっているのを発見します。安先生が声をかけると、彼女は「私のおうち、どこ?」「ママに会いたい。ママ・・・」と幼児言葉で泣くのでした。しゃべり方から何から全然違い、まるで別人です。

1つ目の特徴は、心の中に何人かの別の自分がいることです。精神医学的には、人格部分と呼ばれます。これは、覚えていること(記憶)をはじめ、気の持ち方(感情)、考え方(思考)、振る舞い方(意欲)、場合によっては感じ方(知覚)などの精神機能が特徴づける自分らしさ(人格)です。それが意図せずに切り替わってしまうのです。

なお、意図して何人かの別の「自分」(役)を使い分けている場合は、もちろん演技と呼ばれます。

②記憶の空白がある-健忘

翌日に安先生が、小学校の玄関での出来事を片岡さんに伝えると、彼女は「覚えてません」とまた弱々しく言うだけなのでした。

2つ目の特徴は、記憶の空白があることです。精神医学的には、健忘と呼ばれます。これは、それぞれの人格部分との記憶がつながっていないからです。

なお、健忘がなく、心のなかに別の自分がいると認識している場合は、二重自我と呼ばれます。また、その別の自分から声が聞こえてくると訴える場合は、幻聴と呼ばれます。これらは、統合失調症の診断が当てはまります。

③小さい時に虐待されている―乳幼児期のトラウマ体験

片岡さんは、安先生に「 父はアパートの管理人をしてて、母は早くに死にました。あたしが小学校に上がる前。父はお酒を飲むと、なんか食えるもんないんかと怒鳴るんです」「いつも取りに(万引きしに)行っていましたと語ります。その後に幼児の人格部分が出てきた時は「ああ、痛い痛い痛い。もうしません、ごめんなさい。許して、パパ」と泣きじゃくります。

3つ目は、小さい時に虐待されていることです。精神医学的には、乳幼児期のトラウマ体験と呼ばれます。実際に、多重人格の患者の約90%に、乳幼児期からの繰り返す虐待が報告されています(*1)。