【2ページ目】2026年1月号 NHKドラマ「心の傷を癒すということ」【その3】なんで虐待されると多重人格になるの?-脳科学から解き明かす解離性同一症のメカニズム
なんで虐待されると多重人格になるの?-「ニューラルネットワーク分離説」の発達モデル
安先生は、片岡さんに「こんなふうに記憶がなくなって、よう困っとるんとちゃう?」「あなたの中にはいくつかの部分があるんやと思う。多重人格。例えば、あまりにもつらい目に遭うた時、子どもはこれは自分の身に起きたことやないと感じる。今苦しんでるのは別の子やと。その子の中に痛い思いを引き受けてくれる人格が生まれるんやね。そうやって苦痛をやり過ごした子は、そのあとも複数の人格を生み出しながら、生きていくことになってしまうんや」と説明します。
多重人格の原因は、明らかに乳幼児期のトラウマ体験なのですが、それでは実際にはどのようにして人格部分は「生まれる」のでしょうか?
脳科学の視点から、多重人格のメカニズムは、同じく解離症に分類される憑依(憑依トランス症)のメカニズムを発展させて解き明かすことができます。そこで、まず憑依のメカニズムを理解する必要があります。この詳細については、以下の記事をご覧ください。
憑依のメカニズムは、「ローカルアウェイクニング」に加えて、ダイナミックコア仮説をもとに、「ニューラルネットワーク分離説」の活性化モデルを想定して解き明かしました。ただし、この仮説は、自己同一性を形づくる特定のエピソード記憶に関連したニューラルネットワークが活性化する病態のメカニズムは説明できましたが、さらにその活性化がそのまま持続して交代しながら成長発達までもする多重人格のメカニズムを説明することはできません。それではさらに、このメカニズムをどう説明すればいいでしょうか?
ここで、多重人格の原因となるトラウマ体験の時期は成人期ではなく乳幼児期であることから、子どもの脳の特徴に着目します。そして、3つの段階に分けて、多重人格が生まれるメカニズムを解き明かしてみましょう。
①小さい子どもの記憶はばらばらである
幼児は1歳以降でどんどん言葉を覚えていきますが、言葉をつなぎ合わせて出来事(エピソード)を話すようになるのは4歳以降です。また、同じ本の読み聞かせを何度もねだり、同じごっこ遊び(エピソードの演技)を繰り返すのですが、これが少なくとも就学前の6歳まで続きます。
つまり、幼児は、エピソード記憶をはじめ脳の機能が未発達であることで、これまでの出来事にしても本の内容にしてもごっこ遊びにしても、大人のようにつながりのある全体的なエピソードとして結び付けたり関連付けることはできず、ばらばらな断片のシーンとしてしか覚えられないのです。だから、読み聞かせもごっこ遊びも何度やっても飽きないのです。
1つ目は、そもそも小さい子どもの記憶はばらばらである、つまり大人と比べて乳幼児の精神機能はまだ完成(統合)していないことです。
ちょうど、前回(2025年11月号)でご紹介した分離脳で脳梁でのネットワークがつながっていないのと同じように、幼児の脳は、エピソード記憶とこれに派生する感情、思考、意欲、場合によっては知覚のニューラルネットワークの複合体の1つ1つがまだ十分につながっておらず、その瞬間を反射的に生きており、意識はその瞬間でころころ変わっていると言えます。また、記憶だけでなく、感情、思考、自己意識などの精神機能もまだ統合されておらず、恐怖を恐怖として感じることができなかったり、体験を過去のこととして俯瞰して自己認識することができないのです。
②小さい子どもはフラッシュバックを現実として認識する
その1で地震の揺れ(身体感覚のフラッシュバック)を感じ続ける男の子についてご説明しましたが、彼は小学生ながらこのフラッシュバックの世界をあたかも現実として認識してしまいそうな危うさがありました。裏を返せば、だからこそ、彼は地震ごっこ(再演遊び)をついやってしまっていたのでした。もしも彼がもっと小さい幼児だったら、そのフラッシュバックを完全に現実として認識していたでしょう。
2つ目は、小さい子どもはフラッシュバックを現実として認識してしまう、つまり精神機能が未発達であることから自己認識ができず、そのトラウマ体験の記憶(フラッシュバック)の世界が前面に出てしまうことです。これは、解離性フラッシュバックと呼ばれます。大人でも見られることはありますが、圧倒的に子どもに多いことが考えられます。
この事実から、解離性フラッシュバックを引き起こすニューラルネットワークは、先述の憑依トランス症を引き起こすニューラルネットワークと同じように、特定のエピソード記憶に関連したニューラルネットワークが分離して、それだけが活性化して、それ以外のエピソード記憶に関連したニューラルネットワークが不活性化していると考えることができる。
このような解離性フラッシュバックは、乳幼児がトラウマ体験を受けた時にPTSDの症状として出てくる場合以外に、もう1つ考えられます。それは、解離性健忘になる場合です。この場合、その体験を含んだエピソード記憶のニューラルネットワークがしばらくローカルスリープになります。この点は、大人と同じです。しかし、その後にそのローカルスリープが再活性化したら、大人のようにその記憶を思い出して心理的なショックを受けたり、ただフラッシュバックが出てくるわけではなく、この解離性フラッシュバックが出てくることが考えられます。
そして、多重人格の多くは、主人格が子どもの頃の記憶をあまり思い出せないことから、解離性同一症では、まず解離性健忘になってそのあとに解離性フラッシュバックが出ている後者のパターンであることが考えられます。






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