連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2023年6月号 伝記「ヘレン・ケラー」【前編】何が奇跡なの? だから子どもは言葉を覚えていく!【象徴機能】

象徴機能はどうやって進化したの?

象徴機能は、まねによる共感、指差しによる意図共有、ごっこ遊びによる想像によって発達することが分かりました。それでは、この機能はどうやって進化したのでしょうか? ここから、象徴機能の進化を3つの段階に分けてご説明しましょう。

①まねによる共感

約700万年前に人類は、アフリカの森で誕生しましたが、約300万年前には森が減って草原に取り残されてしまいました。この時、猛獣から子どもを守り食料を獲るために、男性も女性といっしょに子育てをして家族をつくるようになりました。まだ言葉がなかった当時、その助け合いの確認として、お互いのしぐさや発声のまねをし合ったでしょう。そして、それを心地良く感じるように進化したでしょう。

1つ目の進化は、まねによる共感(ミラーリング)です。この共感の核は同調です。ミラーリングの起源の詳細は、以下の記事をご覧ください。


>>ミラーリングの起源

なお、サルなどの類人猿も「ものまね神経」(ミラーニューロン)があり、共感します。ただし、サルは痛み、恐れ、怒りなどの不快感情に限定されています。その理由は、サルは、他のサルの不快さを素早く感じ取って自分の身に降りかかるかもしれない危険を事前に避けることができればよいだけで、人間のように喜びや安らぎなどの同調の快感情まで共感する必要がないからです。

②サイン言語による意図共有

人類は、その後に家族をもとに血縁で集まった部族をつくるようになりました。この時、助け合いをよりスムーズにするため、相手の表情だけでなく、しぐさや発声の意図を察知するようになったでしょう(心の理論)。そして、特定のしぐさや発声を部族内で文化として共有(学習)するようになったでしょう。

2つ目の進化は、サイン言語による意図共有です。サイン言語とは、ジェスチャーをはじめ、表情や声の調子などを含む非言語的コミュニケーションです。例えば、しぐさの代表は指差しです。また、発声の代表は、「は?」のように質問する時に語尾を上げることです。これらは世界共通のサイン言語です。

なお、ベルベットモンキー(サルの一種)は、天敵のヒョウ、タカ、ヘビが来た時にそれぞれ違う警戒音を発するサイン言語を持っています。そうすることで、周りか、空か、足元かのどこに注意を向けるか(意図)を仲間と瞬時に共有することができます。昨今は、他のいくつかのサルも同じように警戒音を発し分けていることが発見されています(*1)。ただし、これは生まれながらのもので、人間のように学習するわけではありません。

また、人間に最も近いチンパンジーも、様々なしぐさや唸り声によるサイン言語が確認されています(*2)。有名なのは、手のひらを相手の前に差し出す物乞いのジェスチャーです。野生のチンパンジーは指差ししないですが、飼育下のチンパンジーは指差しをすることも確認されています。ただし、頭にバケツをかぶっている人に対しても指差しをすることから、「water」と発する前のヘレンと同じように、「指差し→指した餌がもらえる」という連合学習をしただけであることが分かります(*2)。つまり、彼らは一方的に要求するだけで、相手と意図を共有して働きかけることはできないことが分かります。教わること(連合学習)はできても、教えること(意図共有)はできないわけです。

ちなみに、人間だけに白目があるのは、白目によって黒目(視線)の位置が分かることから、視線に指差しと同じ意図共有の機能を持たせるように進化したためであると言われています。だからこそ、意図共有をしようとしない自閉症は指差しをしないと同時に視線が合わないのです。また、女性が男性よりも人差し指が長いのは(指比)、共感性の高い女性の方が進化の歴史の中で指差し(意図共有)をより多くしていたことで、人差し指が長くなるように進化した可能性が考えられます。逆に、自閉症の人差し指が短いのは(*3)、直接要因として胎児期にテストステロン(男性ホルモン)の分泌が多いからですが、究極要因としては自閉症(超男性脳)と関連する遺伝子によって、進化の歴史の中で指差しとして使わない人差し指が短くなるように「退化」しつつあるととらえることができます。

③音声言語による想像

約20万年前に現生人類は、歌声の発声をもとに発語が可能になりました。この詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>発語の起源

この時、すでにある程度確立していたサイン言語に、発声した音素を当てはめていったでしょう(音韻併合)。特に、「ワンワン」(犬)などの擬音語や「ブルブル」などの擬態語が架け橋になった可能性が考えられます。例えば、最も使う体の部分は指差しをする「手(te)」ですが、この世界祖語は「tik」であり、様々な言語で似たような発音をします(*2)。もしかすると、「とんとん(tonton)」と触れる擬態語がベースになっていたのかもしれません。そして、音声によって、夜や洞窟などの暗闇の中でも、コミュニケーションができるようになりました。この時、目の前にないものや状況も相手と共有するようになりました。

3つ目の進化は、音声言語による想像です。

なお、これまでにチンパンジーに絵文字や手話を教える研究が何度もされてきました。しかし、「water」と発する前のヘレンと同じように、チンパンジーは「バナナを見る(もの)→バナナの絵文字(記号)」という学習はできるのですが、逆にバナナの絵文字(記号)を使って「バナナちょうだい」と訴えようとはしなかったのです(*4)。チンパンジーをはじめ人間以外の動物は目の前にある実物が世界のすべてであり、やはり絵文字や手話などの記号(象徴)を使って目の前にないものを想定(想像)するができないのでした。

★グラフ1 象徴機能の起源