連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2024年6月号 女性誌「STORY」【その2】そもそもなんで溺愛は気持ち悪いの?どうすればいいの?-家族療法

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・近親相姦のタブー
・血縁認識
・表現型マッチング
・ウェスターマーク効果
・親族呼称
・家族システム
・世代間の境界
・夫婦間の同盟
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前回(その1)は、溺愛の心理とその問題点を掘り下げました。その本質的な問題は、成長しても子ども扱いすることで自立を阻むことでした。それにしても、自分のことは置いといて、そもそも溺愛する親御さんを気持ち悪いと思うことはありませんか? なぜなんでしょうか? それでもなぜ溺愛はやめられないのでしょうか? どうすればいいのでしょうか?


>>★【前回(その1)】息子を彼氏化するママ?娘にメロメロなパパ?その問題点は?-溺愛の心理

今回(その2)も、前回取り上げた女性誌「STORY」の子育てコーナーの読者アンケートを踏まえて、逆に溺愛を忌避する血縁認識、溺愛を回避するために発達した家族システム、溺愛を駆り立ててしまうようになった社会構造の変化を進化心理学的に掘り下げ、その解決のための家族療法をご紹介しましょう。

なんで子どもへの溺愛は気持ち悪いと思うの?

子どもへの溺愛は、自立を阻むという合理的な問題だけでなく、気持ち悪いと思う感情的な問題もあります。そのわけは、はっきり言うと、近親相姦のタブーを連想してしまうからです。近親相姦は、遺伝的な近さから、奇形や免疫不全などの様々な遺伝病のリスクを高め、適応度を下げます。つまり、このタブーは、単に文化的な要素だけでなく、生物学的な要素も考えられています。

ここから、血縁認識をキーワードに、子どもへの溺愛を忌避する原因を進化心理学的に、3つの段階に分けて掘り下げてみましょう。

①匂い

約4億年前に昆虫が誕生しました。そのなかの社会性昆虫のアリやハチはお互いの匂い(ある特定の化学成分)が似ていることで仲間(血縁者)であることを認識するようになりました(*2)。

1つ目は、匂い(表現型マッチング)です。表現型マッチングとは、匂いのほかに見た目や鳴き声などの手がかりによる照合です。この血縁認識によって、血縁度が高ければ相手との協力行動が促進され、逆に生殖行動が抑制されます。だからこそ、人間においても、思春期の娘が父親の匂いを嫌悪する(敏感になる)わけです。この心理も進化の賜物であり、原始的な反応であることが分かります。よって、親から子どもへの溺愛も気持ち悪いと思われるわけです。

ちなみに、父親は娘の匂いを嫌悪しません。また、母親と息子もお互いの匂いを嫌悪しません。その原因は、妊娠リスクから説明することができます。まず、父親も息子も当然ながら自分自身の妊娠リスクはありません。そして、娘が生殖年齢(思春期)に達する時にまだ父親の生殖年齢は終わっていないために娘の妊娠リスクが高いのに対して、息子が生殖年齢に達する時に母親の生殖年齢は終わりに近づいているために母親の妊娠リスクが低くなります。そのため、母親が思春期の息子の匂いを嫌悪して近親相姦を回避するよう進化する必要がそこまでないわけです。

もちろん、血縁認識に関係なく、思春期の反抗の心理から、子どもは親を嫌悪するよう進化しています。詳しくは、以下をご覧ください。


>>【反抗の心理】

②馴染み

約2億年前に哺乳類が誕生し、母親が子どもにおっぱいを授乳(哺乳)するようになりました。これが、母子家庭の起源です。そのなかで、さらに群れをつくるようになったリス(ベルディングジリス)は、匂い(表現型マッチング)よりもいっしょにいて馴染みであることで仲間(血縁者)であることを認識するようになりました(*3)(*4)。

2つ目は、馴染み(ウェスターマーク効果)です。ウェスターマーク効果とは、自分が幼い時からずっと同居するなどしていっしょにいる相手には性的魅力が低くなることです。実際、イスラエルの集団農場(キブツ)でいっしょに育てられた子どもたち同士がその後に結婚しにくいことや、台湾でかつて存在した「シンプア婚」(実子の息子と養子の娘を結婚させる習わし)では出生率が低く離婚率が高いことが分かっています(*2)。つまり、生物学的に考えれば、幼馴染みや許嫁とはなかなか結婚しないことが分かります。

この馴染みの影響は、もちろん同居する親に対しても当てはまるため、子どもが親に性的魅力を感じることは気持ち悪いと思うわけです。だからこそ、親から子どもへの溺愛も気持ち悪いと思われるわけです。

③家族の呼び名

約700万年前に人類が誕生し、約300万年前に母親、父親、両親、子どもたちの家族(核家族)が誕生しました。そして、この家族を単位とする血縁集団(部族)は、時代が進むとだんだん大きく、最終的には100人から150人になりました(ダンバー数)。この起源の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【部族の起源】

そして、約20万年前に言葉が誕生した時、部族の間ではお互いを名前で呼び合うようになったわけですが、家族の間では特別に家族内の関係性の呼び名を使うようになりました。

3つ目は、家族の呼び名(親族呼称)です。親族呼称とは、ママ、パパ、ばあちゃん、じいちゃん、おばさん、おじさん、姉ちゃん、兄ちゃんなど家族の呼び名を優先的に使うことです。これは、血縁認識を生理的(無意識的)にだけでなく、認知的(意識的)にも高めます。つまり、家族の呼び名を使う相手には性的魅力が低くなります。だからこそ、親から子どもへの溺愛も気持ち悪いと思われるわけです。

逆に言えば、夫婦は本来お互いに性的魅力を保っていることが望ましいわけですが、夫婦なのに子どもの視点でお互いを「ママ」「パパ」と呼び合っていたら、認知的(意識的)に性的魅力を低くしてしまい、セックスレスになってしまうことも分かります。

★グラフ1 血縁認識の起源