【5ページ目】2025年1月号 映画「クワイエットルームにようこそ」【その4】だから家族のつながりにとらわれてたんだ!だから人権意識が乏しかったんだ!―「直系家族病」

逆になんで今は家族のつながりにとらわれ人権意識が低いのが当たり前に思えなくなってきたの?

明日香が運ばれた救急病院で、救急医は鉄雄に「あんた、よっぽどひどいことしたんじゃないのか!」と、まるで一昔前の父親のように怒鳴っていました。その医者は勘違いしていたわけですが、そう言うのが正しいと思っている様子でした。また、すぐに退院したいと言う明日香に対して、担当看護師は「早期退院で自殺を繰り返されたら、責任を問われるのはこちら側ですから」と釘を刺していました。彼女は、自分たちが責任を取ると言い切れるほど正しいことをしていると思っているのでした。実際は、「権威は常に正しい(正しくなければならない)」ため、横暴にもなれて、しかも間違えるわけがないので責任を取ることはありません。これらは、典型的なパターナリズム(父権主義)で、直系家族の価値観(文化)に由来します。

しかし現在では、このように父親が怒鳴るのは、モラルハラスメントと呼ばれます。医者が患者に説教するだけでもドクターハラスメントと呼ばれます。何が変わったのでしょうか? 言い換えれば、なぜ今は家族のつながりにとらわれ人権意識が低いのが当たり前に思えなくなってきたのでしょうか?

その答えは、戦後の社会構造の変化です。この変化を大きく2つあげてみましょう。

①個人主義化

戦後(1945年)からまもなく、家族システムが核家族である欧米による自由主義(個人主義)と平等主義の価値観による法整備が進み、相続は遺言か法定相続(平等原則)によるものとされ、夫婦間や兄弟間で不平等な家督相続(家制度)は廃止されました。そして、工業化都市化に伴い、成人した子どもは実家近くに住むとは限らなくなりました。また、長男であっても結婚して同居し続けるとは限らなくなりました。

そして、2000年代以降の情報化によって、SNSをはじめとして便利な世の中になりました。一人でいても寂しさも紛らわすものはいくらでもあり、ますます個人主義化が進みました。このようにして、現在(2023年統計)では、核家族は約60%、一人暮らしは30%台で、戦前で圧倒的な多数派だった三世代世帯家族(直系家族)はごく数%の少数派になってしまいました。明日香のように家族関係は希薄となりました。

このように、個人主義化によって現在の日本の家族システムが絶対核家族に変わってしまったからこそ、家族のつながりにとらわれるのが当たり前に思えなくなったのでした。

②情報化

これまで「権威は常に正しい」としてみんな受け入れていました。なぜなら、正しいかの真実(証拠)を確かめることができなかったからです。しかし、科学が進歩し情報化した現代では、正しさを測る判断基準(科学的根拠)に個人がアクセスできます。伝統や経験論で語られる政治、経済、医療、教育などの様々な権威が必ずしも正しくないということがバレてしまうようになりました。さらに、だれでもSNSで発信できるため、権威による横暴が映像や音声で詳らかに晒されるようになりました。もはや立場が上の人(権威)がその権威を守るために、隠蔽することも難しくなりました。

このように、情報化によって「権威は常に正しい」という前提(フィクション)が崩れてしまい、人権よりも権威を優先することは難しくなってしまったからこそ、人権意識が低いのが当たり前に思えなくなったのでした。

ちなみに、この点で、日本よりも権威主義の強い共同体家族の中国やロシアが、情報統制に必死になっているのも、理解できるでしょう。

じゃあなんで当たり前に思えなくなっているのに変えられないの?

今は、家族のつながりにとらわれ人権意識が低いのが当たり前に思えなくなっているのに、けっきょくなかなか変えることができません。なぜでしょうか?

その答えは、先ほどご説明した日本人の受け身で不安になりやすい気質(遺伝子)はなかなか変わらないからです。この気質の人(遺伝子)が広がり多数派になるまで、鎌倉時代から少なくとも600年かかりました。一方、個人主義化(核家族化)という社会構造の変化が起きて、まだたかだか50年ちょっとです。この新しい文化が広がる、つまりこの文化に不適応な受け身で不安になりやすい気質(遺伝子)が減り(淘汰され)、適応的な積極的で不安になりにくい気質(遺伝子)が増える(選択される)には、まだ時間がかかることが推測できます。そして、この事実から、もともと直系家族の文化が、継承は得意であっても革新は不得意でであり、その凝り固まった文化を引きずる状態(硬直化)を説明することができます。

これを名付けるなら、「直系家族病」です。この病の症状は、医療保護入院を廃止できないだけにとどまりません。不登校、ひきこもり、新型うつ、非婚、少子化、介護、過激なバッシングなど、実は日本ならではの社会問題が挙げられます。つまり、これらの問題は、驚いたことに、この病の症状(結果)として説明できてしまい、根っこの部分ですべてつながっていたということになります。

これは、もともと直系家族であった日本の文化に強く結びついた国民性であり国民病、つまり文化結合症候群と言えるでしょう。なお、文化結合症候群の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【文化結合症候群】


>>【その5】と言うことはこれをすれば医療保護入院は廃止する前に廃れる!―扶養義務の縮小

参考文献

*7「我々はどこから来て、今どこにいるのか? 上」p.68、pp.74-79、pp.87-88:エマニュエル・トッド、文藝春秋、2022
*8「家族システムの起源I ユーラシア 上」pp.208-209:エマニュエル・トッド、藤原書店、2022
*9「トッド人類史入門」p.123、p.143:エマニュエル・トッドほか、文藝春秋、2023
*10「現代家族のパラダイム革新」p.8:野々山久也、東京大学出版会、2007

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